研究課題
HIVタンパク質のp17マトリックスタンパク質とp24カプシドタンパク質は、アミノ酸配列より天然変性領域を持つと予想される。HIVウイルスのgag遺伝子に含まれるこれら二つのタンパク質遺伝子は連続して並んで存在する。動的多形構造解析のために種々の3次元NMRスペクトルを用いて、シグナル帰属をおこなった。 次に溶液中のタンパク質の動的構造を異なる時間領域で解析した。1)R2とR1の緩和実験、異核NOEを測定し、ナノ秒からピコ秒オーダーの動的構造を解析した。2)遅い時間軸の解析のために、HD交換実験によって重水素溶媒と主鎖アミドプロトンの交換を調べた。CLEANEX実験を行い水分子のプロトンとアミドプロトンのNMR法による交換を調べた。これらの結果より、溶媒への露出度、水素結合や2次構造形成を解析した。HD交換は、交換の遅い埋もれた構造部位を、CLEANEXは交換の速い分子表面の部位を特定するのに有用であった。 二つのタンパク質は、動的構造に関して全く異なる挙動を示した。p17においては、通常のタンパク質と同様にN端とC端において、t2とt1緩和実験や異核NOE実験で示される速い時間スケールの揺らぎ構造が見られたが、p24においては、N端とC端のみならず配列上中央部の領域においても、速い時間スケールの揺らぎ構造が存在していた。p24では中性のpHにおいても、シグナルが中央部に集まる重なりあいが多く観測されたが、これらのシグナルが天然変性部分に対応すると考えられ、揺らぎ運動を起こしていると考えられた。 p24のHSQC上では、一部のアミノ酸残基に対して二つの相関ピークが見られた。したがって2つの安定な構造状態が存在し、その構造間で遅い交換をしている可能性が考えられた。この遅い交換は天然変性蛋白質に多く存在するプロリン残基のシスとトランスの異性化に関連する可能性があると思われる。
2: おおむね順調に進展している
NMR法によるウイルス蛋白質の揺らぎ多形構造解析を、シグナル数やHD交換などの実験から得られる遅い時間スケールの運動性からと、t1やt2など緩和実験の速い時間スケールの運動性からの両面の角度から、平成23年度では順調に解析が進んできた。 特に同じHIVウイルスgag遺伝子由来のp17とp24の二つの蛋白質間において、揺らぎの運動性の違いがはっきりと観測されたことは、ウイルスの進化や伝染性の機能を考える上で興味深いと思う。また生理的なpHの条件下でもほどけた変性状態を示す天然変性の部位において、シグナルが複数個観測されたことより、多形構造間のゆっくりとした交換反応が存在することが考えられ面白いといえる。天然変性部位には、この蛋白質にも当てはまるように、プロリン残基が多く存在することがわかっている。蛋白質の多形性にプロリンのシスとトランスの異性化が一般に関与し、その反応がスイッチ反応になる可能性も考えられ、今後はその可能性を検証していきたいと考えている。 このように平成23年度のNMRによる実験結果は、アミノ酸一次配列からの天然変性部位の予測とも概ね一致しており、一方実験結果のX線結晶構造解析からの静的な3次構造の結果と一致するだけではなく、そこからでは判明しなかった動的揺らぎ構造が、NMRによる解析から得られつつあるといえる。免疫システムを掻い潜るウイルス蛋白質機能に関連する揺らぎ運動を、現時点で実際に示しつつあり、研究達成度は十分に高いと思われる。
今後はまず、安定同位体標識蛋白質を多く作成し、実験に臨みたい。標識蛋白質を用いて、上述の揺らぎ運動のちょうど中間の速度に対応するマイクロ秒からミリ秒の時間領域の揺らぎ構造を、R2緩和ディスパージョン法やスピンラベル法を用いて解析していきたい。これらの緩和実験の結果より、多形構造間の交換事象を定量的に解析し、モデル反応を組み立てて、反応のシミュレーションを行いたい。 速度論的な過渡的揺らぎ構造の解析を、クエンチフローを用いた瞬間HD交換法を用いて行う。平衡的な条件とは異なる動的な条件で観測し、反応の道筋を詳細に解析する。 他の方法論として、ウイルス蛋白質を異なる条件で結晶化し、異なるフォームに対する構造をそれぞれX線結晶構造解析で直接的に示していきたい。プロリンが構造変化や多形構造形成に関与する可能性を積極的に証明していくために、細胞内に存在するプロリンの異性化酵素やリン酸化酵素との関わりを明らかにしながら、生化学的なアプローチも行っていきたい。 さらに、別のウイルス蛋白質に関しても同様な解析を行い、ウイルス蛋白質に共通に存在する特徴があれば見出したい。ウイルス蛋白質の天然変性による揺らぎ構造部位の役割をまとめ、機能との関わりを推測し、それらの結果に基づいて有効なワクチン作成のための手がかりを得たい。ウイルス種の異なる別のマトリックス蛋白質にも焦点をあて、揺らぎの領域とその度合いと、感染力である機能の相関を解析していく。さらにウイルス天然変性蛋白質の進化と揺らぎの関わりを解析していきたい。
昨年の震災の影響で、研究費の支給日が遅れたことに伴い、さらに備品を買うことも考え、研究費をまとめて使いたいと考えたため、平成24年度に、相当額の研究費を繰り越した。平成24年度には、蛍光光度計や紫外可視吸光計を購入したいと考えている。
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Journal of Molecular Biology
巻: 411 ページ: 248-263
10.1016/j.jmb.2011.05.028