研究課題
H+ 濃度勾配を利用してジペプチドから医薬品まで能動輸送するH+/オリゴペプチド輸送担体 (PEPT) の輸送分子機構の解明をおこなった.PEPT は,第二膜貫通領域 (TDM2) に存在する輸送活性中心である His57 のプロトン化により活性調節されているが,どの様なメカニズムで活性調節をおこなっているか不明である.His57のプロトン化による輸送活性の制御がどの様な分子メカニズムによるかを検討するために,PEPTsoの結晶構造(バクテリアにおけるPEPT類似輸送担体)を基にHis57と相互作用する可能性が高いSer302の変異体を作成し,輸送活性のpH依存性を検討した.結晶構造情報によれば,His57とSer302との距離は水素結合が可能な2.7Åにある. Ser302をAla, Thr, Valに変化させた変異体をアフリカツメガエル卵母細胞に発現させGly-Sar (典型的なPEPTの基質)の取り込み輸送活性のpH依存性を検討した. Ala, Thrの変異体は野生型hPEPT1に比べて輸送活性は低下したが,輸送活性は保持していた.取り込み輸送活性のpH依存性は,Ala, Thrの変異体について,ベル型の至適pHがアルカリ側にシフトした.S302V変異体についてはHis57が水素結合を形成することが出来ない状態にあり,輸送活性が見られなかった.様々な代謝酵素において,活性中心のSerの水酸基がHisのイミダゾ-ル基と水素結合を形成し,His残基側鎖のプロトン化に伴う水素結合ネットワーク変化により,活性調節がなされている.Gly-Sar輸送活性のpH依存性のアルカリ側へのシフトは,hPEPT1にもよく似たpH活性調節機構が備わっておりHis57とSer302の水素結合が活性調節に重要であるという可能性を示唆したものである.
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的の一つ,PEPTの輸送活性を調節機構にSer302とHis57との間の水素結合が重要な役割を果たしていることが明らかになった.現在,His57とSer302の水素結合が,基質輸送における分子弁として機能しているかどうかを検討中である.一方,光駆動性クロライドポンプ(ハロロドプシン (HR))を用いてCl- 輸送に関与するアミノ酸残基とその役割に関して現在検討中であるが,Cl-の輸送機構の解明には至っていない.現在,明らかになっている結果として,(1) HRにおけるCl- 逆流防止の分子弁の作動メカニズムとして,レチナールシッフ塩基とSer130との水素結合が重要であることが明らかになった.(2) Cl- 輸送に伴ったHRにおけるシッフ塩基のpKa低下に伴う余剰エネルギーがCl- 輸送の駆動力へ転換されていることについても明らかになった.現在,輸送分子機構の詳細を解明すべく,研究を引き続き行っている. PEPTに関する研究(平成24年度に予定してある研究)は,当初,計画した以上に進展したが,北海道大学との共同研究を必要とするHRに関する研究は少し滞った. これら全てを総合的に解釈して,本年度の進展状況をおおむね順調に進展したと評価した.
少し滞ったHRに関する研究は,測定装置の開発,北海道大学の施設を利用した共同研究が必須である.平成23年度は,東邦大学への転出もあり,共同研究が余り行えず,研究が少し滞った.本年度は,密な共同研究体制を整えて,研究を推進する予定である.
平成23年度のHR における研究成果に基づき,平成24年度は,以下に示すHR の輸送分子機構に関する基礎研究およびPEPT の輸送分子機構の解明を行う.(1)細胞内でのCl-の逆流防止弁の分子機構の解明: レチナール近傍に位置する Ser130 は,Cl- が細胞質側から細胞外側に逆流が起こらないようにする分子弁の役目を果たしている.この Ser130 は,レチナールシッフ塩基とSer130との水素結合を形成し,分子弁としていることが明らかにされている.詳細な機構解明を行うために,(a) 閃光光分解法を用いて,Ser 変異体における輸送中間体を解析し,どの過程に異常があるかを詳細に検討する.更に,水素結合の関与を実証するために,(b) 重水における閃光光分解解析,(c) FT-IR 解析(北海道大学理学研究院所有)を行い,Ser130 の水素結合の形成中間体を同定する.また,電気生理学的にCl- 輸送を測定し,ここまでで得られた知見に基づき,詳細な分子弁モデルの構築を行う.PEPTに関する平成24年度の研究は,光ラベル化剤を用いて分子弁に関わるアミノ酸残基の同定を行う.(2)PEPTにおける分子弁に関わるアミノ酸残基の同定:膜輸送で重要なことは,基質の移動の際に逆流を防ぎ一方方向に基質を移動させる機構である.PEPT は(基質の結合,解離)+(基質の移動)を上手く機能させ,基質を輸送している.脂溶性基質存在下では PEPT の分子弁が機能しなくなり,PEPT はチャネルとして振る舞うことも明らかにした.PEPT の我々の研究結果を大胆に解釈すると,PEPT も,基質結合ポケットに基質の逆流を防ぐ分子弁が存在すると考えられる.脂溶性ジペプチドアナログに光ラベル化剤を付加したプローブを用いて,分子弁に関与するアミノ酸残基を同定する.
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