心筋梗塞後不全心での低分子量熱ショックタンパク質 (small HSP)ファミリーに属するアルファBクリスタリン(HSPB5)の病態生理学的変化を把握し、心不全治療の標的としての意義について検討した。心筋梗塞後に心ポンプ機能指標が正常心臓のそれと同じ水準で維持されている代償期では、HSPB5の発現量が正常心臓のそれよりも高いレベルにあった。一方、心拍出量が低下する不全心のHSPB5量は、正常心筋のそれと同様の含量となった。つまり、心筋梗塞後の物理的および代謝的ストレスが負荷されて続けているにも関わらず、不全心筋ではHSPB5の高発現状態を維持できないと考えられた。HSPB5と同様にHSP72がHSF1による転写調節を受けるので、HSF1のHSP転写促進をHSP72の発現誘導を指標に評価した。その結果、HSF1のリン酸化およびHSP90との複合体形成がHSPB5の誘導能低下に関与することを示した。 次に、HSPB5の心筋細胞内の挙動について検討した。心筋梗塞後、心機能代償期に心筋ミトコンドリア画分でHSPB5含量が増大した。このミトコンドリア画分のHSPB5含量は、不全心でさらに増大した。HSPB5はリン酸化され、ストレスタンパク質の機能を発揮する(活性化される)。そこで、心筋梗塞後の心筋ミトコンドリア画分でのリン酸化HSPB5含量を測定した。その結果、心機能代償期の心筋ミトコンドリア画分では、リン酸化HSPB5が増大したものの、不全心ではリン酸化HSPB5含量は対象群(Sham群)のそれよりも減少していた。不全心ではミトコンドリアのエネルギー産生能が低下しており、このミトコンドリア機能低下が心収縮不全の誘因となると考えられている。つまり、不全心ミトコンドリア画分でのリン酸化HSPB5減少が、心筋ミトコンドリア機能低下を介した心不全を誘発させる可能性を提示することが出来た。
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