脳の左右差はヒトなどの霊長類では良く知られているが、シナプスレベルから脳機能までの左右差までを包括的に理解しようという試みはほとんどなされてこなかった。私は、今まで1)マウスの海馬でグルタミン酸受容体・シナプス形態に左右差があること、2)行動実験でもマウスの空間学習能力には左右海馬に差があることを示してきた。そしてこの1)と2)とのギャップを埋める試みとして、海馬の脳活動の左右差を直接証明したいと考えた。 そこで、動物を頭の大きいラットに変え、両側海馬CA1領域から脳波記録を行った。脳波は脳細胞の集団活動を反映するため、左右脳の機能差を観測するためには最も直截的な方法である。なお、脳は外部の刺激に依存して活動が変化していくことが考えられるため、ラットを単独で飼育する群(ISOlated; ISO)と玩具などを用意し多頭飼いする(つまり、豊かな環境で飼育する)群(ENRiched; ENR)の2群を用意した。 すると、ISO群では左右のガンマ波には差がなかったが、ENR群では左右ともにガンマ波の振幅が大きくなっており、かつ右海馬の方が左よりガンマ波の振幅が大きくなっていた。ガンマ波は動物が意識的な脳活動を行っている時に現れる脳波であり、海馬ではシナプス入力を反映していると考えられている。すなわち、海馬では外部刺激依存的に機能の左右差が生じると考えられる。また、ガンマ波の左右協調性も調べたところ、ISO群よりENR群の方が左右の協調活動は亢進していた。 このことから、左右は海馬が外部刺激を処理するためにお互いが協力しながらも、右側を優位にするように機能を分担していくことが示唆される。この結果を学術誌に発表した。
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