研究課題/領域番号 |
23590300
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
田中 秀和 立命館大学, 生命科学部, 教授 (70273638)
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研究分担者 |
山形 要人 公益財団法人東京都医学総合研究所, 脳発達・神経再生研究分野, プロジェクトリーダー (20263262)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2016-03-31
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キーワード | うつ病 / 海馬 / 遺伝子発現 |
研究実績の概要 |
うつ病とその治療法には数多くの謎が残されている。たとえば抗うつ薬が作用発現に至るまでに数週間かかる一方で、電気けいれん療法は即効性を示す。本研究計画では、これら慢性・急性いずれの抗うつ療法によっても、海馬神経細胞に誘導されるArcadlin/Protocadherin-8/PAPCというプロトカドヘリン分子に着目して検討を行っている。Arcadlinはシナプス(スパイン)に運ばれ、下流のp38MAPキナーゼを活性化しながら、シナプスの機能・形態を調節する。反対に、p38MAPキナーゼ活性を抑制するMKP-1/DUSP1分子は、うつ病を引き起こすことも報告されている。過年度の検討により、電気けいれんによるArcadlin蛋白質の発現に必要な時間は4時間であり、その効果は12時間を過ぎると減じることが判明した。一方、抗うつ薬の場合は、連日の投与が18日を超えて初めて、顕著なArcadlin誘導が見られ、両者の間にあきらかな発現の時間的プロフィールの違いが認められた。さらに組織学的検討も進め、Arcadlin蛋白質が、海馬組織の歯状回顆粒細胞ならびにCA1~CA3錐体細胞の細胞体から樹状突起にわたって発現することを確認した。本年度は、抗うつ薬による治療効果を判定する手段として、マウスを用いた行動学的な解析を行った。結果はまだ予備的ではあるが、本実験に用いた系統のマウスに、長期間抗うつ薬を投与することで、行動学的な抗うつ効果の発現を見ることが出来た。一方、短期間の抗うつ薬投与では抗うつ効果は見られず、Arcadlinの発現プロフィールと非常によく一致することが確かめられた。また、増加したArcadlinが神経細胞シナプスにもたらす影響を検討するため、神経細胞の形態を色素でラベルし、シナプスを形成するスパインの数を計数する実験も進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
過年度までの検討で、マウスにおけるうつ病治療行為によって、海馬にArcadlinが発現誘導されるのに必要な、投薬量(用量依存性)、投与期間(オンセット)、効果持続期間(Duration)を明らかにすることができた。また、その特異性も検討しており、海馬の神経活動で発現誘導されることが知られているArc蛋白質とは異なる発現プロフィールとなることも見出した。さらに神経細胞のセロトニン受容体を直接刺激することによって、Arcadlin下流にあるp38MAPキナーゼの活性化も見出した。さらに、海馬のどの細胞にArcadlinが発現し、それが細胞の中のさらにどのような構造で作用するかを確かめることができた。特に、シナプスを形成し、神経伝達といった神経回路機能にもっとも重要なスパインが形成される樹状突起部分にもArcadlinが誘導されることを見いだした。 本年度は、上記の結果をふまえ、Arcadlinならびにそれを誘導する抗うつ薬が、海馬神経回路の形態に及ぼす影響を明らかにする道筋をつけた。複雑な脳の神経回路、特に海馬の神経回路の形態を可視化するために、一部の神経細胞だけを蛍光ラベルする方法の検討が進んだ。特にシナプスを形成するスパインの数の数値化に目処が立った。さらに、最終的に抗うつ薬の効果を判定するためのマウス行動実験を2種類試し、そのうちのひとつが有望である結果を得て、今後の展開に供することが可能となった。 以上のように、5年間の研究計画全体を通じての研究目的に対して、約80%の目標を達成しており、今後も予定どおり計画を遂行していくことで、完遂可能と考えられる。Arcadlinと抗うつ薬による神経細胞形態の変化を検討する。
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今後の研究の推進方策 |
本年度検討を進めた、色素ラベルした神経細胞の形態計測によるスパイン数計測法を用い、抗うつ薬の慢性投与によって誘導されるシナプスのリモデリングを明らかにすることを目指す。そして、その過程にArcadlinが関与するか否かについて、Arcadlin遺伝子をノックアウトしたマウスを用いて検討する。さらに、同マウスを抗うつ薬の効果判定に有用であることを確認した行動実験に供することにより、Arcadlinが抗うつ効果に関与するか否かを検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
高額なマウスを用いる行動解析実験を、少数のマウスを用いた条件検討から、慎重に進めているため。
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次年度使用額の使用計画 |
行動解析やその他生化学・分子生物学実験に必要な試薬・機器の購入をすすめ、実験条件の検討が進んだ段階で、比較的多数のマウスを用いた行動解析を行い、最終的なデータの取得と、得た知見の還元を目指す。
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