主要なスフィンンゴシン-1-リン酸(S1P)産生酵素、スフィンゴシンキナーゼ1(SphK1)は、従来、発がん過程に深く関わっているとされてきた。この仮説を検証するため、SphK1を安定過剰発現するマウス悪性黒色腫B16細胞株を複数系統作成し、in vitro における細胞増殖と、in vivo皮下移植モデルにおける腫瘍増大・腫瘍血管新生を検討した。In vitroにおいて、SphK1強発現細胞(SphK活性はコントロール細胞の約25倍)はコントロール細胞に比較して細胞増殖が有意に低下しており、ERK活性化レベル、サイクリンD1発現レベルも低下していた。一方、SphK1活性を欠いたkinase dead強発現細胞はコントロールと差が無かった。SphK1強発現細胞を野生型マウスに皮下移植すると、腫瘍増大・腫瘍血管新生はいずれもコントロール細胞に比較して低下を認め、SphK1発現レベルが高いほど抑制が強かった。S1P2受容体欠損マウスでの検討から、腫瘍細胞が産生するS1Pが、宿主S1P2受容体を介する腫瘍血管新生抑制・腫瘍形成抑制(既報 Du et al. Cancer Res 2010)以外のメカニズムによってがん抑制作用を発揮すると考えられた。さらに、宿主細胞の発現するSphK1が腫瘍増大・腫瘍血管新生に及ぼす役割を、SphK1トランスジェニック(Tg)マウスを用いて検討したところ、全身組織にSphK1を強発現するSphK1Tgマウスの腫瘍増大・腫瘍血管新生は同腹野生型マウスと差が無かった。さらにまた、SphK1Tgマウスの悪性リンパ腫の自然発症、寿命ともに、同腹野生型マウスと同等であった。以上から、SphK1が発がんやがんの進展に関わるとする従来の報告とは異なり、がん細胞、宿主細胞のいずれにおいても、SphK1が発がん・がん進展・がん血管新生の促進に関わっているとは言えない。本研究遂行中に、SphK1特異的抑制薬が、がん抑制作用を持たないことが海外から報告された。
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