研究課題/領域番号 |
23590347
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研究機関 | 東京女子医科大学 |
研究代表者 |
富田 毅 東京女子医科大学, 医学部, 助教 (20302242)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 血清アミロイド / S100A8 / TLR4 |
研究概要 |
本研究はがん転移反応におけるがん細胞と転移土壌(肺)間における相互作用を、転移土壌側から解析したものである。転移先の臓器では転移反応を成立させる有利な条件作りが、腫瘍原発巣由来の分子シグナルによって誘導されるという「転移前状態」説に基づいた実験を行った。細胞間のシグナル分子としてはS100A8、S100A9およびSAA3に、転移先臓器側の受容体分子としては、TLR4および酸化LDL受容体に注目した。マウス皮下に高転移性腫瘍株3LLを移植し、担癌モデルマウスとし、そこで尾静脈より蛍光ラベルしたがん細胞を注入し、肺への生着が成立するかどうかを見た短期腫瘍転移アッセイでは、酸化LDL受容体ノックアウトマウスでは野生型マウスよりもがん細胞の生着率が低下していた。また3LL細胞の自発的転移を観測する長期腫瘍転移アッセイでも酸化LDL受容体ノックアウトマウスでは野生型マウスよりも肺での転移巣形成は10%程度抑制された。この結果が転移前状態形成と関係するかどうかを明らかにするために、S100A8、S100A9およびSAA3がLDL受容体と直接相互作用するかどうかの検討を行った。酵母2ハイブリッド法およびELISA法を用いた実験を行ったところ、酸化LDL受容体とS100A8、S100A9およびSAA3だけでは複合体を形成しないことが明らかになった。これらの分子は細胞膜上でTLR4MD2複合体と結合していることが知られているので、酸化LDL受容体がTLR4MD2複合体と協同して機能している可能性も考えられる。この可能性の是非を調べるために、TLR4MD2とS100A8、S100A9およびSAA3の複合体を調製し、酸化LDL受容体との結合を直接観測することを試みている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マウスを用いた腫瘍細胞転移アッセイでは、個体差が大きく、定量的な結果を得るための条件づくりに難航したが、最終的には再現性のある実験系を確立することができた。転移前状態の形成による肺の解析では、フローサイトメトリーによるCD11b陽性Gr-1陽性細胞の集積および、肺でのS100A8、SAA3遺伝子発現の上昇を的確に捉えることができた。昆虫細胞およびヒト培養細胞におけるS100A8、SAA3タンパク質の大量発現系の構築には予想以上に時間がかかった。これはこれらの遺伝子の発現量が、高発現ベクターを用いているにもかかわらず非常に低いために、収量が上がらなかったためである。低収量の原因としては、これらの遺伝子産物が細胞内に蓄積すると、細胞の増殖を阻害することによるものと考えられている。培養のスケールを上げることで最終的にこの問題を解決した。質量分析による精製タンパク質の解析を実行したところ、SAA3のシグナルペプチドを細胞内で切断されていることと、その切断箇所を特定することが新たな成果となった。またS100A8タンパク質はS100A8結合タンパク質と複合体を形成していることが示唆されており、本研究は新たな展開を見せている。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度は表面共鳴プラズモンおよびELISAによる実験結果から、TLR4MD2複合体とS100A8、SAA3タンパク質との結合を解析した。この結果を受けて、他のS100タンパク質およびSAAタンパク質との結合についても比較する必要が感じられた。その理由はSAAタンパク質の中で、SAA1、SAA2はSAA3よりもはるかに多量に存在することが知られているためにTLR4MD2複合体とSAA3との結合がSAA1やSAA2の存在によって影響されるかどうかについても調べる出来であると考えられるようになったからである。一方S100A8についても同様であり、S100ファミリーに存在するいくつかの分子の共存による影響についても考慮したい。SAA3、S100A8分子が細胞外に放出されるメカニズムは明らかにされていないが、これらの分子に結合するタンパク質が細胞外への放出に際し、重要な役割を担っていると考えているので、まずは分子生物学的なアプローチからその機構を解明したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
SAA3およびS100A8を発現する細胞に数種の薬剤やキレート剤を投与し、SAA3やS100A8の培地中に放出される量をELISAにより定量する。これらの数値を比較することによりSAA3やS100A8の細胞外放出機構を推定する。得られた結果から細胞レベルで関連遺伝子のノックダウンや強制発現を行い、SAA3やS100A8の放出にどのような影響があるかを観測する。またSAA3、S100A8結合タンパク質の複合体の形成により、TLR4MD2や酸化LDL受容体との結合に変化が見られるかどうかを物理化学的手法で観測する。細胞レベルでのアッセイも行い、複合体の形成が細胞内シグナリングに影響を及ぼすかどうかについても調べる。薬剤が動物に投与することが出来る場合には、マウスを用いた転移アッセイを実行し、がん細胞の転移を抑制することが出来るかどうかの実験を行う。それと同時に、薬剤の存在下で転移前状態、すなわち肺でS100A8、SAA3タンパク質が集積した状態が成立するかどうかを調べる。これには、フローサイトメトリーによるCD11b陽性細胞Gr-1陽性細胞の定量的解析と定量PCRによるS100A8、SAA3発現レベルの解析、ELISAによるS100A8、SAA3の直接測定を併用して行う。野生型マウスと酸化LDL受容体ノックアウトマウスでこれらの解析を行いたい。
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