研究課題
生体内においてがん細胞は細胞外マトリックス(ECM )に囲まれて存在しており、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)などのECM分解酵素を用いてECMの再編を繰り返しながら増殖や浸潤していると考えられる。細胞―ECM 間接着と細胞―細胞間接着は相互干渉しながら細胞接着ネットワークを構築し、増殖、運動や極性形成などの細胞機能を制御していることが知られている。siRNAを用いてMT1-MMPの発現抑制を行ったヒト線維肉腫HT1080細胞では、ファイブロネクチン(FN)の重合・集積にともなう3次元的FN(3D-FN)マトリックス形成と強固なN-カドヘリン接着形成が誘導された。MT1-MMPの発現が抑制された細胞では、FNの重合・集積に必須であるインテグリンβ1鎖のN-カドヘリンへの結合が誘導されており、細胞-細胞間接着に存在する重合したFNとインテグリンβ1鎖の共局在が認められた。また、MT1-MMPの発現抑制によるN-カドヘリン接着の増強は、細胞性FNとインテグリンβ1鎖依存的であったことから、3D-FNマトリックス形成がN-カドヘリン接着を増強していると推察された。MT1-MMPの発現抑制による3D-FNマトリックス形成は高密度の細胞培養におけるHT1080細胞の増殖を抑制し、細胞性FNとインテグリンβ1鎖のsiRNAを用いた発現抑制により増殖抑制は解除された。Rat1繊維芽細胞におけるMT1-MMPの強制発現は、3D-FNマトリックス形成とそれに伴うN-カドヘリン接着形成を抑制し、高密度の細胞培養における細胞増殖を亢進することが判明した。以上の結果から、MT1-MMPは3D-FNマトリックス形成を抑制することによりN-カドヘリン接着の安定化を阻害し、腫瘍細胞の細胞運動と増殖を誘導すること、細胞接着ネットワークを制御している可能性が示唆された。
1: 当初の計画以上に進展している
1) MT1-MMPによるECM分解と細胞運動の極性形成維持機構MT1-MMPは細胞表面でのFN分解により3D-FNマトリックス形成を抑制していることが線維肉腫細胞と繊維芽細胞で確認された。この3D-FNマトリックス形成は、細胞表面のN-カドヘリン量の増大とN-カドヘリン接着の増強を導き、高密度の細胞培養における細胞増殖を抑制していることが判明した。この結果は高硬度のプラスティック上に比べて、低硬度の3次元コラーゲンゲルやマトリゲル内で細胞を培養した場合に認められる細胞増殖能の低下と一致する。すなわち、細胞が低硬度の3D-FNマトリックスに囲まれた結果、インテグリン由来の増殖シグナルの低下を招き、増殖能が低下したと考えられた。また、細胞間隙で重合・集積したFNがインテグリンβ1鎖とN-カドヘリンと結合し、インテグリンと同様にN-カドヘリンの細胞内取り込みが抑制された結果、N-カドヘリンの増加・接着増強が誘導されたと推察される。2)PTEN結合分子によるMT1-MMPと細胞運動極性制御機構の解析がん抑制遺伝子PTENのC-末端との結合が確認され、転写制御、細胞周期制御、DNA修復やアポトーシス誘導などの機能を有するがん抑制遺伝子であるヒストンアセチル化酵素Tip60についての解析を行った。PTENとTip60の結合は、Tip60の活性依存的にPTENの安定化と核内移行を亢進することが判明した。現在は、両者の結合が細胞死とに及ぼす影響を検討している。
1) MT1-MMPによるECM分解と細胞運動の極性形成維持機構ECM―細胞接着と細胞―細胞間接着の相互作用により構築される細胞接着ネットワークは、細胞極性や形態形成のシグナル伝達制御に重要な役割を担っていると考えられる。MT1-MMPが3D-FNマトリックス形成を介して細胞接着ネットワークに影響を及ぼすことから、MT1-MMPの増殖因子的作用、上皮極性や上皮管腔形成を制御している詳細な機構を明らかにする。また、細胞競合や細胞浸潤過程におけるMT1-MMPと細胞接着ネットワークの役割も解明する。2)PTEN結合分子によるMT1-MMPと細胞運動極性制御機構の解析PTENとTip60の結合が、お互いの酵素活性に与える影響を解析するとともに、その生理学的意義を探求する。PTENとTip60の細胞浸潤能への影響を過剰発現およびsiRNAによるノックダウンした細胞を用いてボイデンチャンバーを用いた浸潤能測定法やI型コラーゲンゲル及びマトリゲルを使用し経時観察可能な顕微鏡とその解析装置により細胞の経時的観察を行う。その他のPTEN結合分子につてもPTENの活性・安定性・細胞質-核内移行に対する影響を免疫沈降法、immunoblotting、および免疫染色法にて引き続き解析する。
該当なし
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