研究課題/領域番号 |
23590365
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
後藤 知己 熊本大学, 教育学部, 教授 (20264286)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 小胞体ストレス / CHOP / 炎症 / 活性酸素 / アポトーシス |
研究概要 |
小胞体ストレス応答は、元来は小胞体機能障害に対する細胞の保護機構であり、小胞体機能の改善維持に働く。しかし、分泌タンパク質や膜タンパク質の複雑な合成・成熟過程の場である小胞体は、細胞内外からの種々のストレスにより様々な影響を受け、それに反応するため、その影響はストレスの種類、強度、持続期間により様々である。本研究では、広義の慢性炎症を背景とする病態における小胞体ストレス応答の影響について解析を行っている。平成23年度においては、心筋の虚血再還流障害モデルというヒトにおいて頻度が高いにも関わらず、新たな治療法の開発が待たれている病態について動物モデルを用いて、小胞体ストレス経路の関与を中心に新たな視点からの病態解析を行った。心筋の虚血再還流モデルは、左冠状動脈を50分間血流を止めた後、血流を再開することにより作成した。その後、再還流障害が認められた心筋領域では、小胞体ストレス誘導性転写因子CHOPをはじめとする小胞体ストレス関連分子の誘導が認められた。また、この領域にはTNFa、IL1、IL6などの炎症性サイトカインの誘導も認められた。ところが、CHOPノックアウトマウスでは、炎症性サイトカイン誘導の抑制ならびに再還流障害領域の縮小が認められた。このことから、再還流障害領域においては、小胞体ストレス-CHOP経路の誘導が、慢性炎症さらには心筋細胞死の誘導に重要な働きをしていると考えられた。さらに、小胞体ストレス経路がどのような機構で誘導されているかを明らかにするため、フリーラジカル消去剤であるエダラボンを血流途絶の前に投与し、その効果を検証した。その結果、投与したエダラボンの容量依存的にCHOPの誘導は抑制され、小胞体ストレスーCHOP経路の誘導に再還流による活性酸素の産生が関与していると考えられた。CHOPは心筋梗塞病態の治療標的となる可能性があると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの数年の研究で私は、従来、小胞体ストレス誘導刺激が軽度の場合には小胞体機能改善・維持、ストレス誘導刺激が強度の場合にはアポトーシス誘導と比較的単純に考えられてきた小胞体ストレス応答機構が、実はもっと複雑かつ多様なものであることを明らかにしてきた。小胞体ストレスを誘導するストレッサーもまた実に多様であることが、我々の研究室を含む多くの研究グループの研究により明らかにされている。我々はとくに炎症と小胞体ストレスとの関係の解明に重点をおいて取り組んできた。それは主に培養細胞レベルの基礎的な実験を中心とする解析であるが、アポトーシス以外に炎症誘導をおこす経路が存在することを明らかにした。さらに、長く続くストレス誘導刺激の場合には時期により、誘導される小胞体ストレス応答に変化が見られることを明らかにしている。近年、慢性炎症という病態の理解が進み、実に多様な疾患が慢性炎症を背景に病態が形成されていることが明らかにされつつある。そのため、小胞体ストレス応答が炎症により誘導され、逆に小胞体ストレス応答が炎症を惹起することは非常に興味深い。これまでは、野生型、あるいはCHOPノックアウトマウスから細胞を単離し、直接刺激することで、CHOPの下流にIL1beta活性か経路が存在することなどを、我々は明らかにして来たが、平成23年度の研究ではマウス個体を用いて、直接的に小胞体ストレス-CHOP経路、慢性炎症、心筋障害という三つの事象の関連を明らかにできた。これにより実際の個体レベルの病態でも細胞レベルで明らかにして来たことが働いていることを明らかにできた。その点で、重要な研究の進展があったと考えられる。本研究の成果は、さらに心筋梗塞治療に新しい領域を開く可能性があると期待される。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度においては、引き続きモデル病態を使用した研究と、細胞レベルでの研究を平行して行ってゆく予定である。モデル動物では、人間における老化と関連した関節症のモデルの解析を慢性炎症モデルとして解析するとともに、細胞膜の成分である脂質の代謝異常を背景に複雑な病態を示すマウスにおいて小胞体機能と小胞体ストレスとの関連を検討してゆく。最近、他のグループから小胞体膜とミトコンドリア膜との関連、ミトコンドリア機能異常状態における小胞体ストレス誘導性転写因子CHOPの誘導が報告された。この報告は、CHOPの機能・役割をさらに大きくする可能性が高いものであり、長年CHOPの機能解析を勧めてきた我々に取って非常に興味深いものである。とくに私は、これまでにCHOPのシグナルがミトコンドリアに伝えられ、それがさらに細胞全体にCHOPの影響をおよぼすのに重要であることを報告しており、小胞体から始まった小胞体ストレス応答が、どのように他の細胞内小器官に影響を及ばすのか、逆に小胞体は他の細胞内小器官からどのように影響を受けるのかは、関心をもってきたところである。そこで、まず、細胞レベルの研究としてミトコンドリアの機能に重要な因子の機能を阻害した系をノックダウンにより作製し、ミトコンドリア機能障害とCHOPの関連について検討を進めたい。それらのうち有望なものが見つかれば、ノックアウトマウスを用いた、細胞レベル、個体レベルの研究を引き続きおこなってゆく予定である。上述のように慢性炎症はさまざまな病態に関連し、各病態における慢性病態の分子機構も多様である。小胞体ストレス-CHOP経路は、未だ明らかにされていない経路によっても誘導され、未だ明らかでない反応に関わっているのではないかと予想している。
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次年度の研究費の使用計画 |
上記の研究を遂行するため、研究は大きく分けて三本の柱で遂行してゆく予定である。すなわち(1)マウスを使用したモデル動物の作成と、そのモデルを利用した個体レベルの研究。(2)野生型およびノックアウトマウスから単離したMEFやマクロファージを使用した細胞を使用した実験。(3)培養細胞を用いて、細胞を直接刺激したり、RNAiにより個別の遺伝子の発現をノックダウンして抑制して行う実験である。これはさらにミトコンドリアを単離して行う、in vitro実験に発展させてゆく予定である。これらの実験のため、動物飼育、細胞培養、遺伝子あるいはタンパク質レベルの研究を中心に行ってゆく予定であるので、研究費の用途もこれらに関連したものが中心になると判断される。これらの実験を行うためには、滅菌した使い捨てのプラスチック製品や、PCR用などの高額な酵素類、さらには種々の生化学関連試薬の購入が必要である。研究設備の面では、現状では必要な機器は揃っているので、故障等の不測の事態がないかぎり、今のところ備品類の購入は予定していない。上記のようにミトコンドリア関連遺伝子のノクダウンを行って、小胞体に影響を与えるミトコンドリア機能異常を検討してゆく予定なので、その結果しだいで、研究全体が細胞レベル中心になるか、あるいはモデルマウス作成あるいは、新たなノックアウトマウスを作成・入手しての研究が中心になるかは、現時点では流動的である。また、研究成果発表ならびに情報収集のため平成24年度内に4回程度の国内学会出張を予定している。
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