研究課題
本年度は、コリン欠乏食投与による非アルコール性脂肪性肝炎モデルを用いて、肝脂質代謝制御機構における低酸素応答システムの病態生物学的意義の解明に取り組んだ。コリン欠乏食の4週間投与により、コントロールマウスにおいて門脈領域優位の大脂肪滴性脂肪肝が発症することが確認された。肝臓特異的にHIF-1a遺伝子を欠失させたマウスでは、脂肪滴の肝小葉内局在がさらに中心静脈側に拡大し、脂肪肝が増悪した。この結果に一致して、肝中性脂肪含量は欠損マウスで増加していたが、コレステロールや遊離脂肪酸などは両群間で変化は認められなかった。また、血中脂質パラメーターもHIF-1a遺伝子欠損の影響は認められなかった。次に、肝臓の脂質代謝関連遺伝子発現解析を行ったところ、コリン欠乏による脂肪肝の発症には、脂肪酸酸化とリポタンパク質のVLDL放出の低下がかかわっていることが分かった。HIF-1a遺伝子欠損マウスでも、コントロールマウス同様の変化を示したが、ペルオキシゾームの脂肪酸酸化系酵素の発現がさらに低下していることを見出した。この結果に一致して、ペルオキシゾームの脂肪酸酸化系の律速酵素であるAOX酵素活性を測定したところ欠損マウスで減少していたが、ミトコンドリアにおける脂肪酸酸化系の酵素活性の低下は認められなかった。この変化は脂肪酸酸化のマスターレギュレーターであるPPARaそのものの発現低下と言うよりも、その転写活性にかかわる共役因子であるPGC1aなどの発現調節の破綻による可能性が示された。一方、コリン欠乏食12週間投与による肝炎および肝線維化に関しても解析を進めた。これまでに、HE染色やシリウスレッド染色による組織学的解析およびヒドロキシル化プロリン定量によるコラーゲン含量の測定から、この長期投与により炎症性細胞浸潤を伴った脂肪性肝炎から肝線維症への進行を捉えることができた。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度は研究計画に掲げた内容に沿って順調に取り組むことができた。本年度の最も評価できる研究成果としては、非アルコール性脂肪性肝炎の肝脂肪蓄積にかかわるHIF-1依存性の代謝制御機構が、アルコール性脂肪肝におけるHIF-1のそれとは全く異なり、ペルオキシゾームの脂肪酸酸化系の制御破綻に起因することを見出した点である。この成果は、脂肪肝を誘導する成因に応答した脂質代謝制御機構における低酸素応答システムの多様性を示しており、この発見は当初予想していた以上の成果であったと言える。また、肝臓病学の観点から見ると、同じ起源に由来する肝細胞が肝小葉内の局在する部位によって、低酸素応答システムを使い分けることで代謝制御にかかわっていることを明らかにした結果であり、非常にインパクトのある成果と言える。一方、肝線維化の解析では、まず定量的な測定を行うことができる方法を確立できた点は今後の研究展開には大きな成果と言える。予備的検討では、コリン欠乏食投与による非アルコール性脂肪性肝炎の線維化では、これまでの報告通りHIF-1が線維化促進因子として機能することを示す結果が得られつつあるが、この結果は「脂肪肝の重症度と肝線維化には相関がある」とのこれまでの概念とは一致しておらず予想を超えた結果と言える。この重大な発見を確固たるものとするためには、さらに今後再現性の確認を進めながら、詳細な分子メカニズムの解明が必要であり、平成25年度の新たな課題と言える。
平成24年度は、アルコール性脂肪肝とは異なるメカニズムにより、HIF-1を介した低酸素応答システムが非アルコール性脂肪性肝炎の脂質蓄積に対して抑制的に働くことが明らかになった。しかしながら、ペルオキシゾームの脂肪酸酸化系遺伝子発現制御の詳細な分子メカニズムは解明されていない。そこで、平成25年度はHIF-1による新しい脂質代謝制御機構の全容解明を進める。特に、これまでの成果より、PPARaの転写活性化制御が鍵になっていることから、PGC1aなどの転写共役因子とHIF-1の相互作用について解析を進める。また、当初の計画にはなかったが、新たにコリン欠乏食長期投与モデルで見出されてきた「脂肪肝と肝線維化の重症度の乖離」がなぜ生じるのかと言う点について、肝臓の間質細胞である星細胞や線維芽細胞の活性化と脂質代謝の相互作用について解析を進める。一方、マクロファージあるいはT細胞特異的なHIF-1a遺伝子欠損を用いて、アルコール性および非アルコール性脂肪肝や肝線維化における炎症担当細胞における低酸素応答の病態生物学的意義の解明も平行して取り組む。以上の研究を推し進めつつ、得られた成果について、学会発表のみならず欧文雑誌への投稿を行っていく。
当初の計画通り、研究費のほとんどは消耗品として、実験動物用の飼育管理費、病態モデル作成のための特殊食作成費と病態解明のための解析用試薬に当てる予定に大きな変更はない。また、現在見出しつつある最新知見がある程度論文として投稿できる目処がついた時点で学会等で発表することを考えており、消耗品以外にはそのための学会参加費などにも使用する予定である。
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