研究課題
神経膠腫(グリオーマ)は成人にみられる中枢神経系腫瘍の約1/4を占め、髄膜腫と並んで最も頻度の高い腫瘍である。神経膠腫の中でも最も悪性度が高い膠芽腫(GBM)は周囲正常組織への高い浸潤性を示すことより、手術療法による根治が難しいことに加えて、化学療法や放射線療法に対しても強い抵抗性を示す極めて治療が困難な腫瘍であり、GBMに対する有効な治療法の開発が強く望まれている。これまで、GBMの発生や進展に関与する分子シグナルは部分的に明らかにされているもののGBMの発生メカニズムを理解する上で極めて重要なその細胞起源と発癌シグナルの関連に関してはあまりよくわかっていない。本研究は、申請者が作成したレンチウイルスベクターを用いたマウス脳腫瘍マウスを用いて、どの細胞種でどの発癌シグナルが活性化されたときにGBMが形成されるかについて明らかにすることを目的としている。これまで、アストロサイト特異的に活性化型H-Rasと腫瘍抑制遺伝子であるp53を標的とするshRNAを発現することにより、ヒトGBMと極めて類似した膠芽腫を作成することに成功した。この腫瘍の腫瘍血管を調べると驚くべきことに、腫瘍細胞そのものが腫瘍血管になっていることがわかった。また、ニューロン特異的にRasの活性化とp53の不活化を行った場合にもGBMが形成されることがわかった。これらのことより、終末分化したアストロサイトやニューロンがGBMの細胞起源となりうることが示された。今後、膠芽腫の発生や進展に関わる分子シグナルをさらに明らかにするべく、研究を進める予定である。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的は、どのようなGBM誘導発癌シグナルがどの細胞種を起源として活性化した場合にGBMが形成されるのかを明らかにすることである。これまで、申請者はCreリコンビナーゼ存在下に癌遺伝子である活性化型H-Rasを発現すると同時shRNA(short hairpin RNA)を用いてp53を抑制することのできるレンチウイルスベクターの開発に成功し、これを用いて、in vivoで脳腫瘍を発生させることのできるシステムを開発した。上述した本研究の目的を達成するため、まず申請者が開発したCre制御-H-Ras-shp53レンチウイルスベクターをGFAP-Creマウスの大脳(傍側脳室、海馬、皮質下)にインジェクションすることにより、領域特異的かつGFAP陽性アストロサイト特異的にH-Rasの活性化とp53の不活化を誘発した。発癌が誘導されたマウスでは、ベクターを導入した部位に関わらず、GBM様腫瘍が発生した。さらに、ニューロン特異的にCreリコンビナーゼを発現するSyn-1 Creマウスを用いて同様の実験を行ったところ、導入した部位に関わらず、GBM様腫瘍が発生した。これらの結果より、終末分化したアストロサイトやニューロンもGBMの発生起源細胞になりうることが強く示唆された。このように、本研究の目的の一つであるGBMの発生起源細胞に関する重要なデータが得られたことより、本研究の進行はおおむね順調と言える。
上述のように、これまでの研究により、終末分化したアストロサイトやニューロンがGBMの細胞起源となりうること、さらには、細胞起源となる細胞種が異なっていたとしてもH-Rasとshp53によって誘導される発癌シグナルが活性化すれば、病理学的に類似したGBM様腫瘍が形成されることも明らかとなった。さらに言えば、これまで用いてきた発癌シグナルは、H-Rasの活性化とshRNAを用いたp53の抑制を組み合わせたものであるが、再現性をもってマウス大脳においてGBM発生を誘導することができ、この実験系を構築できた意義は高い。しかしながら、ヒトGBMではRas以外にも様々な分子シグナルが活性化していることが知られている。したがって、Rasシグナル以外の分子シグナルもGBMの発生に寄与している可能性も十分に考えられる。本年度においては、これまでの知見により、GBMで活性化していると考えられるH-Ras以外の分子シグナルを選定し、Cre制御レンチウイルスベクターを用いて、そのシグナルをアストロサイトやニューロンといった細胞種で特異的に活性化し、GBMが形成されるかを検討する。腫瘍が形成されれば、そのマウスから腫瘍を摘出し、腫瘍組織を固定後、H-E染色と免疫組織染色により詳細な病理学的解析を行う。加えて、腫瘍細胞をin vitroで培養し、増殖特性などそれらの細胞の特徴を明らかにする予定である。また、適時、国内及び海外の学会において発表を行い、脳腫瘍発生機構に関する最新の知見に関して様々な研究者と情報を交換し、常にこの分野における最前線の研究を行う予定である。
次年度においては、ひきつづき本研究をすすめる上で必要とされるレンチウイルスベクターの構築、作製に必要な組み換えDNA作製試薬、遺伝子導入試薬、細胞培養液および血清、ウイルス濃縮用試薬、器具の購入に使用される予定である。レンチウイルスベクターのマウス大脳内インジェクションに必要なマウス実験器具、マウス購入および飼育費、餌、麻酔薬、手術に必要とされるメスやピンセットなどの消耗品、飼育に必要な器具の購入に使用される予定である。さらに、マウス大脳で脳腫瘍が形成されるとマウスの頭部は拡張し、歩行障害を呈する。この症候を示したマウスは安楽死させパラフォルムアルデヒドで還流固定をし、大脳を取り出す。取り出した大脳はパラフィン固定し、H-E染色ならびに免疫組織学的染色を行う。次年度の研究費はこれらの実験に必要な器具ならびに試薬の購入にも使用される予定である。また、脳腫瘍の一部はN2 supplement や種々のサイトカインを用いた血清非含有神経幹細胞用培養液で培養する予定であり、この培養に必要な培養液、サイトカインなどの購入が必要と考えられる。本研究計画が成功した場合には英文専門誌への発表に加え、国内及び海外における関連学会で発表を行うとともに、必要に応じて九州大学企画広報室を介して各報道機関への公表も行う予定であるが、これらは研究分担者である谷 憲三朗、研究代表者である丸本朋稔、同実験に携わる大学院生である山口沙織ならびに廖紀元が行う。次年度の研究費はこれに伴う研究打ち合わせならびに成果発表のための旅費、成果発表のための論文の英文校正費用、投稿ならびに別刷代の費用、謝金に使用される予定である
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