研究課題
低酸素に適応した蠕虫ミトコンドリアに特有の嫌気的呼吸鎖の要であるキノール-フマル酸還元酵素(QFR)は好気的ミトコンドリア複合体IIの逆反応を効率よく触媒することで特徴付けられる。この反応を可能にする酵素学的特性を解明するに当たり、部位特異的変異体の特性解析から得られる情報は大きい。そこで、現在は確立されていない細菌での蠕虫QFRの発現系を構築し、活性評価、阻害剤応答、X線結晶構造解析を通じて反応機構の解明を目的とする。本研究計画については特にエキノコックスQFRについて機能的発現系の開発を目指している。まず発現を計画しているエキノコックスQFR遺伝子のクローニングを行った。エキノコックスQFRは四つのサブユニットから構成されているが、鉄硫黄クラスターサブユニットsdhBには二つのアイソフォームがクローニングされた。また、成熟したQFRには含まれず酵素複合体のアッセンブリーに関与していると考えられるsdhaf1, sdhaf2も含めて合計七つの遺伝子をクローニングした。sdhBの配列を他のバクテリア、ミトコンドリア由来の複合体IIと比較すると、極めて保存性が高いアミノ酸の一つが他のアミノ酸に置換していた。そのアミノ酸が一つの鉄硫黄クラスターの近傍に位置することからエキノコックスQFRの特異な反応性を反映しているものと考えられる。興味深いことに、発現宿主の第一候補であるRhodospirillum rubrumの複合体IIも同じアミノ酸の置換を持っていた。そこでR. rubrumの細胞膜を調製しNADH-フマル酸還元系の反応性を調べたところ、エキノコックス同様にNADH酸化反応よりも高い活性を示した。これは蠕虫ミトコンドリアQFRのモデルとしてR. rubrum複合体IIが利用できる可能性を示しており、今後の変異体解析に有用である。
2: おおむね順調に進展している
本研究は平成23年度から採択されたが、申請者は平成23年9月から研究機関の異動があり、研究室をゼロから立ち上げることになった。その中でこれまで本研究課題に携わっていた学生の協力が少なくなり、実験スピードの低下を招いた。また、新たな研究室のセットアップでは数ヶ月の研究の中断を余儀なくされた。そのため、当初の計画と比較すると発現宿主、発現ベクターの作製に遅れが出ているが、エキノコックスの複合体II関連遺伝子のクローニングから得られたアミノ酸配列は予想以上の収穫を含んでいた。それはデータベース上の配列では数例しかないアミノ酸置換であり、しかもR. rubrumで同じ置換が起きていた。これは偶然の一致であり、且つロドキノンを利用するQFRという観点から生物種を決定したことによる必然でもある。エキノコックスQFRの発現系を構築することが本研究課題の目的であるが、それは発現系を利用した変異体の作製、精製を通じて酵素の反応性が変化することを実証する研究の準備段階である。このR. rubrumとエキノコックスの共通の置換はQFRの反応特性理解というより大きな研究目的の一部知見を先見しており、大きな前進であった。これはR. rubrumの変異体作製に意味を与える結果であり、実行は簡単であるが検討する意味があるか判断できなかった変異体作製を開始する十分な根拠となるものであった。
エキノコックス複合体II関連遺伝子のクローニングが完了したため、この遺伝子を光合成細菌で発現するためのベクターへ導入し、発現を試みる。発現宿主の第一候補であるR. rubrumでの複合体IIの発現量が比較的少ないことから、既に強いプロモーターが得られているRhodobacter capsulatusでの発現も試みる。その際、エキノコックスQFR複合体形成がどの段階まで出来るかを検証できるメリットも含め、R. rubrumやR. capsulatus複合体IIとのキメラ酵素の発現を検討する。さらに細菌におけるsdhaf2のオルソログと考えられる遺伝子が見つかっていることから、この遺伝子破壊株をエキノコックスsdhaf2によって相補できるかを検討する。また計画より遅れているR. rubrumの複合体II欠損株を作製し、プラスミドによる相補実験を通じて、複合体IIの高発現が可能なプロモーターを探索する。この欠損株ではR. capusulatus, R. rubrumの変異体発現も可能であるため、エキノコックスとR. ruburmに共通のアミノ酸置換がQFR活性にどの程度寄与するかを検証する。具体的にはこのアミノ酸をR. capusulatusおよび多くのミトコンドリア複合体IIと同じアミノ酸に変異させ、QFR活性が低下するか、さらにR. capsulatusをエキノコックスと同じアミノ酸に置換させ、QFR活性を獲得できるかを検証する。
研究機関の異動により、これまで利用可能であった装置のいくつかが頻繁に利用できない状況にある。平成24年度においてはその一つである分光光度計を購入し、簡便に利用できる環境を作り、酵素活性測定が信頼性を持って測定できるようにする。これは平成23年度からの繰越金を利用することによって、必要な消耗品の大きな節約は避けられる。他はほとんどが消耗品の購入に当てられる。具体的には、遺伝子操作に必要な酵素、キット、細菌培養試薬等。タンパク質実験に使う一般試薬、酵素活性測定に必要な一般試薬、基質、阻害剤等を購入する。また、成果発表、関連研究の情報収集に旅費が必要となる。
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