研究課題
「栄養と免疫」の視点から感染症対策を顧みると、低栄養及び微量元素やビタミン類の欠乏により免疫能全般が低下し、より症状が重篤化するとの報告が多い。本研究課題では、研究代表者らのラオス国における血清疫学調査から、マラリアとデングウイルスの感染リスクを住民の栄養状態(微量栄養素)から解析した結果を基に、亜鉛欠乏飼料給餌マウスにネズミマラリアを感染させその免疫動態を解析することにより、フィールドの調査・研究から得られた結果を検証すると共に、そのメカニズムを追求することである。平成23年度は以下の基礎的解析を実施した。(1) 使用する特殊飼料の検討では、マラリア原虫の発育に必須のPABA添加が必要であること、市販の亜鉛欠乏飼料で実験開始前の3~4週間マウスを順化飼育することにより、血中亜鉛濃度を90%低下させることができた。(2) 亜鉛欠乏マウスにマラリア原虫を感染させると、感染後期にマウスが死亡することが明らかとなった。(3) 免疫担当細胞の動態解析では、感染初期に重要な自然免疫機能を担う肝臓のマクロファージ(MФ)の総数が増加した。(4) 血中サイトカインの測定では、Th2免疫応答を担うIL-4レベルが感染中期から有意に低下しており、その産生細胞であるCD4陽性T細胞数も減少していた。(5) 本実験系では、感染後期におけるマラリア原虫の排除には原虫特異抗体が重要であることから、この抗体の血中レベルを測定したところ、感染に伴う抗体価の上昇が見られなかった。これらの結果から、亜鉛欠乏マウスではマラリア原虫特異抗体の産生能が低下しており、感染からの回復が困難であると考えられた。
2: おおむね順調に進展している
平成23年度の研究計画では、以下の3項目について検討することとしていたので、個々の項目に関する達成度を述べる。(1) 特殊飼料の検討では、亜鉛欠乏マウスの作成とマラリア感染実験への有効性が確認できた。血清亜鉛濃度とマウスの栄養状態を血清タンパク含量で検討する事項に関しては、現在解析中である。(2) 各飼料給餌マウスにおけるマラリア原虫発育度と血液性状の解析では、亜鉛欠乏マウスでのマラリア原虫弱毒株(P. yoelii (17XNL))のparasitemiaの変動を解析した結果、対照飼料で飼育したマウスでは感染後期に原虫の排除が起きるが、亜鉛欠乏マウスでは原虫の排除が見られなく全てのマウスが死亡することを明らかにできた。この結果は、亜鉛欠乏状態により感染防御機構不全が誘導されたことを示している。血液性状の解析では、ヘマトクリット値の低下傾向が観察されたが、血清鉄含量の変動は少ないことも明らかになり、マウスの死亡原因としての貧血の関連は次年度の課題となった。(3) 自然免疫能の動態の解析では、マラリア抗体価の推移、自然免疫担当細胞の性状・機能解析及び血中サイトカインレベルについて、ほぼ基礎的な解析を終えることができた。しかし、亜鉛欠乏状態での免疫担当細胞の機能については主にマクロファージ(MФ)に焦点を当てて解析をしたが、その他の細胞群については次年度に継続して解析することとした。申請者らのグループが見出したマラリア感染により誘導される抗核抗体の本実験系における役割については、次年度以降の課題となった。以上のことから、平成23年度の研究計画の達成度は、各項目においてほぼ達成できたものと考えられた。
本研究課題における研究代表者らの作業仮説は、亜鉛欠乏状態では全ての免疫機能が不全状態となることから、マラリア感染の初期防御も機能しなく、マウスは早期に死亡するであろうとのことであった。本年度の研究成果から、この仮説は否定され、経時的かつ詳細な解析が必要であることか明らかとなった。近年、感染症の重症化と宿主の栄養状態の関連が注目され、国内外からの報告が散見されている。それらの報告からも対象とした感染症によりその実態は異なることが示唆されている。本研究課題の進め方については、全体の感染防御機構の動態を明らかにできたことから、point by pointでの解析に務める。特に、マラリア感染の亜鉛欠乏マウスの感染後期における死亡原因については、原虫特異抗体産性能の低下のみでは説明ができない。マラリア感染では肝機能障害が誘導されることが知られているので、肝臓の組織学的検討や肝機能レベルを測定したが、死因に結びつくような結果はまだ得られていない。研究代表者らは、東南アジアのマラリア流行地における血清疫学調査・研究から、住民の血中亜鉛濃度は低い住民はマラリア感染リスクが高いことを報告してきたが、一方、アフリカでの調査・研究では、5歳以下の乳幼児への亜鉛製剤の投与ではマラリア重症化防止の効果が認められないとの報告もある。このような観点からも、本研究課題で得られた成果がマラリアをはじめとする熱帯感染症制圧に向けての基礎的データーとなり、発展途上国における新興・再興感染症対策やわが国の輸入感染症対策に役立てることを期待している。
本研究課題は、前年度からの予備的検討を基に計画・実施していることから、本年度では研究費の大半を占める研究用試薬・器材を引き続き利用することで、その有効活用を図った。特に、高額な試薬等では有効期限が設定されている為に、本研究課題以外のプロジェクトとの相互活用に努めたことから、本年度の研究費の個々の使用額を抑える結果となり、研究経費を次年度に繰り越す結果となった。次年度は、本年度の研究成果を基により詳細な解析を計画していることから、高額な研究用試薬の購入をする予定であり、繰越予算額も含めて有効に使用することに務めたい。
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