研究課題
「栄養と免疫」の視点から感染症対策を顧みると、低栄養及び微量元素やビタミン類の欠乏により免疫能全般が低下し、より症状が重篤化するとの報告が多い。本研究課題では、研究代表者らのラオス国の血清疫学調査におけるマラリアとデングウイルスの感染リスクを住民の栄養状態(微量栄養素)から解析した結果を基にして、亜鉛欠乏飼料給餌マウスにネズミマラリアを感染させその免疫動態を解析することにより、フィールドの調査・研究から得られた結果を検証すると共に、そのメカニズムを追求することである。平成24年度は以下の研究項目について検討した。①市販の亜鉛欠乏飼料にマラリア原虫の発育に必須のPABAを添加した飼料を用いたが、70日後でもマウスは死亡することなく、血中亜鉛濃度を90%低下させる実験系が確立できた。②感染初期の自然免疫機能を担う肝臓のマクロファージ(MФ)(CD11b+F4/80+)の総数は増加したが、貪食機能に差は見られなかった。③免疫応答を制御するCD4+T細胞の総数が肝臓及び脾臓で優位に減少していた。④血中サイトカインの測定では、Th1免疫応答を担うIFN-の産生低下は認められなかったが、Th2応答を担うIL-4レベルが感染中期から有意に低下していた。⑤感染後期におけるマラリア原虫の排除に重要な原虫特異抗体の血中レベルを測定したところ、感染に伴う抗体価の上昇は見られなかった。そこで原虫特異抗体を含む感染マウス血清を移入したが、その防御効果は十分ではなかった。これらの結果から、亜鉛欠乏マウスでは感染初期に稼働する自然免疫機構の機能低下は見られないものの、獲得免疫機構として重要なマラリア原虫特異抗体の産生能が低下していたが、それ以外の要因も関与することにより感染からの回復が困難であると考えられた。
2: おおむね順調に進展している
平成24年度の研究計画では、以下の項目について検討したのでその達成度を述べる。① 自然免疫能の動態の解析では、自然免疫担当細胞の機能解析を中心に行った。特に原虫の排除を担うマクロファージ(MФ)については、その貪食能を蛍光標識ビーズの取り込みで検討したが、亜鉛含有飼料給餌マウスとの差は見られないことから、その機能は影響を受けないことが明らかにされた。②亜鉛欠乏マウスおいてはグルコース、ナトリウム、カリウム等の血液生化学的検査値に大きな変動は認められていない。従って、電解質バランス等が崩れたことにより生体の恒常性が維持できなくなったことが死亡の原因とは考えられなかった。また、血液性状の解析では、ヘマトクリット値の低下傾向が観察されたが、血清鉄含量の変動は少ないことも明らかになり、マウスの死亡原因としての貧血との関連はないものと考えられた。③前年度の解析結果で原虫特異抗体価が約半分に低下していたことから、血清の移入実験を行った。正常マウスにマラリア原虫を感染させ、回復したマウスに再度原虫を感染をさせることにより抗マラリア原虫特異抗体価の高い血清を得、マラリア感染亜鉛含有飼料給餌及び亜鉛欠乏飼料給餌マウスに尾静脈より移入した。その結果、亜鉛欠乏マウスの原虫排除能の回復が出来なかったことから、抗体産生の低下のみがマウス死亡の原因とは考えられなかった。以上のことから、平成24年度の研究計画は順調に遂行できたものと考えられた。
本研究課題の基礎となった東南アジア・ラオス国のマラリア流行地での血清疫学調査から得られた成績は、「Akiyama, T., Watanabe, H. et al. Association between serum zinc concentration and Plasmodium falciparum antibody titer among rural villagers of Attapeu Province, Lao People’s Democratic republic. Acta Trop. 126: 193-197, 2013.」として公表できた。亜鉛欠乏とマラリアの関連については、アフリカのマラリア流行地での調査報告があるが、研究者によって異なった見解が示されている。我々の報告からは「血中亜鉛濃度が低い住民は熱帯熱マラリア原虫特異抗体価が低い」ことが示唆されている。すなわちマラリア原虫に対する抗体価の低い住民(マラリア感染の頻度が低い住民)では血中亜鉛濃度が高いことから、感染抵抗性維持には亜鉛が必要であることを明らかにできた。しかし、マラリア感染の亜鉛欠乏マウスの感染後期における死亡原因については、原虫特異抗体産性能の低下のみでは説明ができないことも明らかになりつつある。マラリア感染では肝機能障害が誘導されることから、肝臓の組織学的検討や肝機能レベルを測定したが、死因に結びつくような結果はまだ得られていない。従って、最終年度は赤血球の破壊を担う脾臓や腎臓の機能等を解析して、血中亜鉛濃度とマラリア感染防御の関連を明らかにしたい。本研究課題で得られた成果がマラリアをはじめとする熱帯感染症制圧に向けての基礎的データーとなり、発展途上国における新興・再興感染症対策やわが国の輸入感染症対策に役立てることを期待している。
本研究課題は、前年度の研究成果を基に計画・実施していることから、本年度も研究費の大半を占める研究用試薬・器材を引き続き利用することで、その有効活用を図った。特に、高額な試薬等では有効期限が設定されている為に、本研究課題以外のプロジェクトとの相互活用に努めたことから、本年度の研究費の個々の使用額を抑える結果となり、研究経費を次年度に繰り越す結果となった。最終年度は、本年度の研究成果を基により詳細な解析を計画していることから高額な研究用試薬の購入をする予定であり、また研究成果の英文原著論文への投稿準備を進めていることから、繰越予算額も含めて有効に使用することに務めたい。
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Acta Trop.
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10.1016/j.imbio.2012.01.018.
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