研究課題
本研究は、熱帯熱マラリア原虫の薬剤耐性が今後どのように変化していくのかを予測することができる解析モデルの開発を行う。本年度の成果として、①昨年度終了した薬剤耐性関連遺伝子dhfr、dhpsに引き続いて、クロロキン、メフロキン、アルテミシニン耐性に関連するpfmdr1遺伝子の近傍6箇所のマイクロサテライトのタイピングをアジア、アフリカ、南米のマラリア調査から得た熱帯熱マラリア原虫検体を用いておこなった。②昨年度に決定した遺伝的ヒッチハイキングを受けていない中立マイクロサテライトマーカー11座位におけるタイピングを①と同様の検体を用いておこなった。ベイズ法による集団構造解析ソフトSTRUCTUREを用いた検討により、全流行地におけるマラリア集団の遺伝的構造が明らかになってきた。③マラリアは非常に高い頻度で自殖をおこなっている。自殖の程度は耐性遺伝子変異の経年変化に大きな影響を与える。本年度は、パプアニューギニアの検体を用いて自殖率を推定するシミュレーションモデルを作成した。本モデルから、PNGにおける自殖率の推定値は0.72と高い値を示していた。④薬剤耐性遺伝子の近傍に存在するマイクロサテライト多型度の経時的な上昇速度から感受性原虫に対する耐性原虫の相対適応度(有利度)を最尤推定するシミュレーションプログラムを作成した。ただし、その精度については、さらに改善する必要がある。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題は、いまだあきらかになっていないマラリア原虫集団における各種集団遺伝学的パラメーターを明らかにし、その結果を用いて熱帯熱マラリア原虫の薬剤耐性が今後どのように変化していくのかを予測することができる解析モデルを開発することにある。最終目標としてのシミュレーションモデルの開発は達成することができ、3年間の研究計画はおおむね順調に進んだと言える。しかし、実際の流行現場で用いられるモデルにするためには、さらなる改良が必要と考える。3年間の研究で達成できなかった点とその理由としては以下の二つの理由があげられる。1)研究申請時に想定した以上に、マラリア流行度が多重感染率に影響することが2013年に報告されたことによる(Mol Eco, 2013)。多重感染率はシミュレーションモデルに大きな影響を与えるため、当初血中の原虫多重感染率のみから単純に推定していた自殖率を実証データを用いたシミュレーションによる推定する方法へと変更した。2)本研究で用いるマイクロサテライト座位間の組換え率の解明(当初の研究計画③)に難渋した。以上の点については、その問題の本質を見極め、よりモデルを改良、進化させるため、研究の1年間延長をおこなった。
上述の通り、最終目標としてのシミュレーションモデルの骨子はできたが、実際の流行現場で用いられるモデルにするためにはさらなる改良が必要であり、延長した最終年度として、とりわけ重要な2つの課題、すなわち「自殖率のより良い推定」及び「マイクロサテライト座位間の組換え率の推定」に取り組む。まず、前者については、自殖率をヒト採血のみで推定できる解析モデルの構築に成功したため、実証データとの比較をおこないながら、自殖率推定モデルの改良を行う。後者は難題であり、その解明には4番および12番染色体の網羅的ゲノム解析が必要と思われ、1年間での達成は難しい。しかし、組換え率の幅はほぼ明らかになっているため、最大値および最小値を用いてシミュレーションをおこなうことで対応が可能と考える。
平成25年1月、当初の予想に反し、長期間調査によりマラリア流行度の減少が多重感染率を著しく低下させるという新たな知見が発表された(Mol Eco,2013)。多重感染率の正確な予測は本研究課題でのモデル作成に最も重要な因子のひとつである。研究遂行上、この現象の本質を見極めることは重要であるため、追加サンプリングをおこなった上で遺伝子を解析し、新たなモデルを作成する必要が生じた。多重感染率の変化とマラリア流行度の関連を厳密な調査により明らかにする。現地調査を行い、疫学的指標の明らかな検体を入手する。さらに、新たな遺伝子マーカーの解析により多重感染率を正確に判定、疫学的指標との関連を解析する。これらの解析で証明できた因子を数理解析系に組み込み、新たなモデルを作成する。モデルの大枠はすでに作成されているため、多重感染因子にのみ的を絞った研究で十分と思われる。
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