研究課題
新興感染症「アナプラズマ症」起因細菌のAnaplasma phagocytophilum (Ap)は、偏性寄生性細菌であり、その細胞内感染過程は、初期、中期、後期の3段階に分けることができる。感染初期は宿主細胞への侵入とそれに続く増殖開始までの期間で、細胞内へ侵入したApは独自の寄生性小胞を形成してリソソームとの融合を阻止し、宿主細胞のアポトーシスを遅延させ、Apの増殖時間を確保する。感染中期では宿主細胞質内の寄生性小胞内で増殖する。この増殖形態は「モルラ」と呼ばれる。さらに、感染後期では、モルラは宿主細胞質のほとんどを占めるまでに成熟し、今度は宿主細胞のアポトーシスを誘導して、細胞外へ脱出し新たな細胞へと感染を繰り返す。これまでの研究では感染初期に関するものが多く、本研究ではモルラ形成から細胞外脱出までの感染後期におけるApの分子感染維持機構について解析を進めている。我々のこれまでの研究で、マイクロアレイ解析などにより、Ap感染で宿主細胞側の発現量が変動するCTSG、DEPDC6、ERp29、XBP-1、NLRP12、c-Srcを見出した。本年度は、主に、これまで見出したAp感染に関与する可能性の高いこれら宿主細胞側のタンパク質分子について、リアルタイムRT-PCR法を用いて、感染時および非感染時における遺伝子発現の相対比較解析を行った。その結果、Ap感染が中期から後期へ移行するにつれて、これらの遺伝子の発現量が変動することが確認された。一方で、我々はテトラサイクリン系抗生物質が感染後期の寄生性小胞内のApに対して静菌的ではなく、殺菌的に作用することも見出しており、上述した宿主細胞側のタンパク質分子について、リアルタイムRT-PCR法により、この薬剤処理前後の感染細胞における遺伝子発現を解析したところ、薬剤処理前後においてもこれらの遺伝子発現が変動することを見出した。
2: おおむね順調に進展している
研究に関しては、おおむね順調に進んでいる。マイクロアレイ解析等で見出したAp染により遺伝子発現が変動する宿主側のタンパク質分子について、本年度は、リアルタイムRT-PCR法を用いてその発現変動を確認するとともに、強制発現細胞株を用いた解析も行った。その結果、感染中期においては、CTSG(好中球アズール顆粒内セリンプロテアーゼ)、DEPDC6(mTOR相互作用タンパク質)、ERp29(小胞体内局在シャペロンタンパク質)、XBP-1(小胞体ストレス応答調節転写因子)の遺伝子発現は有意に減少し、NLRP12(インフラマソーム構成因子)とc-Src(細胞シグナル伝達分子)が有意に増加することが確認された。DEPDC6とERp29の強制過剰発現細胞株を作製し感染実験を行ったところ、過剰発現株では細胞内のAp増殖が抑制された。この結果から、DEPDC6とERP29はそれぞれApの感染や生育に負の影響を与えることが示唆された。また、NLRP12インフラマソームの下流に存在する炎症性サイトカインIL-1βとIL-18の遺伝子発現を解析したところ、いずれも増加していることが判った。このことから、NLRP12はApを認識し、炎症性サイトカインを誘導している可能性が示唆された。さらに、XBP-1においては、感染中期では発現が減少するが、感染後期では増加することが判った。XBP-1は小胞体ストレス応答タンパク質であることから、小胞体ストレス誘導試薬を用いて感染細胞への影響を解析したところ、小胞体ストレス条件下ではApの感染が増加することが判った。よって、Apの増殖に小胞体ストレスが関与する可能性があることが示唆された。Ap感染により増加したNLRP12、IL-1β、IL-18、XBP-1およびc-Srcの遺伝子発現は、テトラサイクリン系抗生物質のドキシサイクリン処理により抑制されることも見出した。
本年度の研究により、Apの感染中期から後期にかけて、Apの細胞内増殖に関与する可能性の高い宿主側のタンパク質分子を絞り込むことができた。今後は、強制過剰発現細胞株やRNAiノックアウト細胞株などを利用して、Apの細胞内寄生性機構とそれら宿主タンパク質分子の関連性の解明を目指す。Apは感染初期には宿主細胞のアポトーシスを遅延させ、細胞内増殖の時間を確保するが、感染後期では宿主細胞のアポトーシスを誘導し、細胞外へと脱出する。本年度の研究で、小胞体ストレス応答因子のXBP-1の遺伝子発現が感染初期から中期にかけて減少するが、感染後期では増加することが判明した。過度な小胞体ストレス誘導はアポトーシスを引き起こすことが知られており、Apのアポトーシス抑制・誘導にはXBP-1の発現変動が関与する可能性が考えられる。また、小胞体ストレス応答にはXBP-1を介在するIRE1経路のほかにも、ATF6経路、PERK経路の2種類の経路が知られているので、これら2つの経路についても関連性を調べ、Apが誘導する小胞体ストレスとアポトーシスの関連性やメカニズムを明らかにしたい。さらに、Ap感染とc-Srcの関連性も追究する予定である。一方で、本年度の研究でNLRP12インフラマソームがApを認識する可能性が示唆された。他の病原細菌ではあるが、実際、NLRP12インフラマソームがペスト菌を認識することが報告されている(Vladimer et al., Immunity 37, 96-107, 2012)。今後は、NLRP12インフラマソームが認識するAp側の構成分子を同定するため、異なる構成成分のAp分画を作製し、これらを用いて細胞応答などの解析を行う。さらに、今回の研究でAp感染に関与するその他の宿主側のタンパク質分子やテトラサイクリンの殺菌作用の分子メカニズムについても解析を進める予定である。
本研究では、リアルタイムRT-PCR法による遺伝子発現解析が必須である。これまで、他研究室の機器を利用させていただいていたが、あまりに高頻度のため、迷惑をかけている。よって、当研究室に本機器の設置が必要で、次年度の物品費の一部を共用設備機器(当研究室・助教の吉川悠子氏の「科研費・若手研究B、課題番号:24790420、研究課題名:細胞侵入性細菌における菌体のユビキチン化関連因子の解析」と共同出資)として購入する。その他の研究費の使用としては、「消耗品としての物品費」が主である。具体的には、感染実験に必要な組織培養用の培地、血清、ピペット、培養フラスコなど、また免疫学的および生化学的解析に必須である宿主側因子の特異抗体、発現ベクター、siRNAなどを購入する。また、一般試薬・一般器具類、および遺伝子組換え用の特殊試薬の購入にも充てる。「旅費」は情報収集のために利用し、「謝金」は研究補助・資料整理のための人件費として使用する予定である。「その他」は、印刷製本または投稿料などの費用である。
すべて 2013 2012
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (6件)
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