研究課題
モルヒネによって惹起される嘔気・嘔吐に対して、これまでにドパミン D2 受容体拮抗薬が使用されて来たが、ドパミン D2 受容体拮抗薬は、錐体外路系の副作用が非常に多く発現するといった問題がある。非定型抗精神病薬であるオランザピンは、ドパミン D2 受容体に加えセロトニン、ヒスタミン、およびムスカリンなどの受容体に対しても結合親和性を有しており、統合失調症と双極性障害における躁症状の治療薬として用いられている。一方、その多様な作用点は嘔気・嘔吐の発現機序に合致していることから制吐薬としての有用性も期待される。また、モルヒネによって惹起される精神依存は、脳内報酬系と呼ばれる腹側被蓋野から側坐核に投射している中脳辺縁ドパミン神経系の活性化により発現すると考えられている。しかしながら、オランザピンのモルヒネの精神依存に及ぼす影響は未だ明らかにされていない。そこで、モルヒネ誘発嘔気・嘔吐反応および報酬効果(精神依存)に対するオランザピンの効果についても検討を行った。また、神経障害性疼痛および神経障害性疼痛下の睡眠障害に対するオランザピンの効果についても検討を試みた。 オランザピンは低用量からモルヒネ誘発嘔気・嘔吐や報酬効果を抑制し、また、嘔気・嘔吐を抑制する用量においては、カタレプシーを引き起こさず、運動協調性、血糖値、消化管運動に影響を及ぼさなかった。オランザピンは、従来の定型抗精神病薬では対応できない難治性の嘔気・嘔吐に対してもその有用性が期待される。さらに、オランザピンは慢性疼痛下における睡眠障害の改善効果などを有していることが示唆された。こうしたオランザピンの多機能性と安全性は多剤併用の回避につながり、疼痛治療の副作用マネジメントにおいて有用な薬剤として位置付けられることが期待される。
2: おおむね順調に進展している
計画に従い、プロクロルペラジンとオランザピン等の効果を比較検討し、これらの薬剤は、モルヒネにより誘発される嘔気・嘔吐反応を抑制した。これらの作用に関して、機能解剖学的なアプローチとして、 microdialysis 法を用いて、オランザピンによるドパミン神経系に対する影響を検討た。その結果、オランザピンはドパミン神経系を過剰に抑制しない特性を有することが明らかになった。 さらに計画に従い、各種受容体に対する結合実験を行ない、オランザピンは様々な受容体に対する結合親和性を示し、なかでもムスカリン M1 受容体に対して極めて高い結合親和性を有しており、オランザピンの嘔気・嘔吐抑制作用にはムスカリン M1 受容体拮抗作用が一部関与している可能性が示唆された。 錐体外路系への影響を検討した所、オランザピンはカタレプシーを引き起こすことなく、錐体外路系にほとんど影響を与えないことを見出すにいたった。また、制吐作用を示すオランザピンの用量ではモルヒネによる消化管運動抑制作用に影響を及さなかった。一方、オランザピンは糖尿病患者には禁忌となっていることから、制吐作用を示す用量のオランザピンを一週間反復投与し、血糖値に及す影響を検討したところ、血糖上昇作用は認められなかった。さらに、睡眠障害に対するオランザピンの有用性についても検討を行った。神経障害性疼痛モデルマウスでは、睡眠期におけるwake stageの有意な増加と、non-REM睡眠の有意な減少が認められたが、オランザピンは疼痛閾値の回復を示し、さらに活動期の睡眠-覚醒リズムには影響を与えずに、REM睡眠とnon-REM睡眠のバランスを正常に回復させた。以上の検討より、オランザピンは疼痛治療の副作用対策のみならず、疼痛時の睡眠障害の対策薬としても有用な薬剤であることが示唆されるに至っている。
モルヒネ 誘発嘔気・嘔吐には Multi-Action Receptor Targeted Antipsychotics ( MARTA ) として知られているオランザピンが効果を示し、モルヒネ 誘発嘔気・嘔吐に有効であり、定型抗精神病薬に代わる新たな薬剤になりうることを見出した。しかしながら、 オランザピンのムスカリン M1 受容体拮抗作用が モルヒネの副作用減弱に関与しているか否かについては明らかでなく、モルヒネにより誘発される便秘に対して有効性を示す薬物はほとんどない。そこで本研究ではムスカリン M1 受容体拮抗薬であるピレンゼピン およびトリヘキシフェニジルを用いて モルヒネ誘発嘔気・嘔吐および消化管輸送能に対する影響を検討する。また、何れかに有効性であった場合、ドパミン関連行動に与える影響ならびに精神依存に与える影響についても検討する。さらに、M1 受容体拮抗薬の作用機序について検討を加える。
本研究を遂行するにあたり、ラットおよびマウスなどの動物を購入する。また、免疫組織化学的研究をするための抗体ならびに関連する消耗品を購入する。次年度は、M1受容体拮抗薬を用いて継続的に検討を行うが、その際のマイクロダイアリシス法における消耗品、さらに、有効性を示した場合、その作用機序を解明するための試薬ならびに消耗品を購入していく。
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Anesthesiology
巻: 116 ページ: 159-169
Synapse
巻: 66 ページ: 174-179
10.1002/syn.21500.