本研究の対象症例総数は,2007-2014年の244例[性別:男147例/女97例,年齢:0-96歳,平均61.6歳±18.9(SD),死後経過時間:7-504時間,平均63時間±57.9(標準偏差)]であった.本研究課題の趣旨に沿って,症例を3つのカテゴリー(①頭部外傷があり側脳室前角上衣下損傷(SEI)を伴うもの,②頭部外傷があるがSEIを欠くもの,③頭部外傷のないもの)に分類すると,①5例,②14例,③225例となった.なお対象症例のうち,死後変化の影響によってSEIの確認が困難であったものは③のみ23例[24-504時間,平均164.6時間±126.7(SD)]であった.比較的短い死後経過時間で側脳室前角組織の観察が困難となった理由は,火傷・広義火傷死の熱変性であり,他は神経網組織の自己融解によるものであった.SEIのより確実な観察は,死後3~4日程度で行うべきと考えられた. ①の5例は,頭部振盪,顔面打撲,後・前頭部打撲などで,前後方向への強い頭部回転機序を伴っていた.②の14例の内訳は,急性硬膜外血腫2例,急性硬膜下血腫3例,頚髄損傷3例,他の頭蓋内損傷6例であり,これらでは頭部の回転がみられなかった.③のうち3例において,前角上衣下に巣状出血を認めたが,これら3例は鬱血性急死に伴う毛細血管破綻によるものとして説明でき,また上衣下組織の剥がれや神経線維由来物質の出現がみられないことから,外力の直接関与はないと考えられた. 得られた知見をまとめると,次のようになる.1)側脳室前角の上衣下損傷は,主として前後方向への強い回転加速度を伴う頭部外傷に伴って生じている可能性が示唆される,2)高度の頭蓋内損傷であっても直線的加速度によるSEIはみられない場合がある,3)頭部に外傷がみられない場合にはSEIもみられない,4)死後変化によりSEIが不明瞭となり得る.
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