研究課題/領域番号 |
23590917
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
石村 典久 島根大学, 医学部, 講師 (40346383)
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研究分担者 |
天野 祐二 国際医療福祉大学, 大学病院, 教授 (80284032)
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キーワード | バレット食道 / シグナル伝達 / Notch / Cdx2 / Dll-1 |
研究概要 |
今回の研究の目的はバレット食道の形成に重要な因子と考えられているCdx2の発現とNotchシグナルの相互作用について明らかにすることである。今年度は以下の知見を得た。 1. バレット食道におけるNotchリガンドの発現状況と胆汁酸による発現変化 Notchシグナルに影響を与えるNotchリガンドのバレット食道における発現状況を評価した。バレット食道の生検組織を用いて免疫染色およびPCRで検討すると、Jagged-1は周囲の扁平上皮と比して有意な発現変化は認めなかったが、Dll-1はバレット食道上皮において強い発現亢進を認めた。次にHes-1の発現変化によるDll-1の影響を評価した。食道腺癌培養細胞株に胆汁酸を投与するとNotchシグナルは抑制され、Hes-1発現は低下するが、この時のDll-1は有意な発現亢進が認められた。したがって、胆汁酸の投与はATOH1のみならず、リガンドであるDll-1の発現も亢進させることが明らかとなった。 2. Notchシグナル発現変化によるCdx2発現への影響 Jagged-1、Dll-1を培養細胞に投与し、Notchシグナルを活性化させた場合のCdx2の発現について評価した。リガンド投与によってHes-1発現は亢進し、ATOH1の発現は抑制されるがCdx2の発現に大きな変化は認めなかった。続いて培養細胞にγセクレターゼ阻害薬(DAPT)を投与し、Notchシグナルを抑制させた系を樹立した。この系では下流のHes-1阻害によりATOH1発現は亢進する。またCdx2およびMUC2も亢進を認めた。しかしながら、Cdx2 siRNAを用いてCdx2の発現を抑制した系ではDAPTの投与によってもMUC2の誘導は亢進しないことから、Notchシグナルの抑制によって誘導されたATOH1はCdx2の発現を介してMUC2を亢進させることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
バレット食道の形成過程において、胆汁酸の曝露による様々な転写因子の発現異常が報告されているが、腸上皮化生に関連する因子としてCdx2が最も重要と考えられている。一方、Notchシグナルは腸上皮の分化誘導に重要な因子であるが、バレット食道形成過程での役割およびCdx2との相互作用については明らかではなかった。これまでの検討でバレット食道形成過程におけるCdx2発現変化によるNotchシグナルへの影響について明らかとしてきた。すなわち、食道腺癌細胞株にCdx2発現ベクターを導入し、発現亢進した系ではNotch-1(レセプター)の発現に影響を与えず、下流のHes-1の有意な発現低下とATOH1の発現亢進を認めた。次に、同細胞株にCdx2 siRNAを導入し、発現抑制した系では、胆汁酸投与によるNotchシグナルの発現変化が抑制され、Notchシグナルの誘導にCdx2が密接に関わっていることが示された。今年度の検討でNotchシグナルの発現変化によるCdx2への影響について評価を行った。上述のごとく、Notchリガンドを培養細胞に投与すると下流のHes-1発現は著明に亢進し、ATOH1は抑制される。しかし、Cdx2の発現には有意な変化が見られなかった。また、DAPTを培養細胞に投与するとHes-1の発現は抑制され、ATOH1の発現は有意な増強が見られ,Cdx2やMUC2の発現亢進も認めた。ただし、Cdx2を抑制した系ではMUC2の亢進は見られなかった。これらの検討からはNotchシグナルの発現変化によるMUC2への影響はCdx2を介したものであり、バレット食道形成にはCdx2がより重要であることが示唆される結果であった。 このように実施計画に基づいて、NotchシグナルとCdx2の相互作用についての検討は概ね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
今年度までの検討でバレット食道形成におけるCdx2とNotchシグナルの相互作用の新たな知見が得られたが、NotchリガンドであるDll-1がバレット食道形成にどのような影響を与えているのかについてはまだ十分に評価できていない。今後、Dll-1の発現ベクターおよびsiRNAを用いてDll-1の発現調節した培養細胞系を樹立し、Dll-1がバレット食道形成に関連する因子にどのような影響を与えているのかを検討するとともに、Cdx2とNotchシグナルの相互作用に関するこれまでの検討の総括を行う。 今回の培養細胞を用いた検討では食道腺癌細胞株(OE-19、OE-33)を使用しており、実際のバレット食道におけるCdx2とNotchシグナルの発現状況については評価できなかったが、最近、バレット食道細胞株が入手可能となり、現在、CP-A細胞の培養を開始している。この細胞はヒトのバレット食道から得られた上皮細胞をhTERTで不死化したものであり、この細胞株を用いることで、癌細胞での検討の問題点が解決することが可能と思われ、これまでの検討の検証を行う予定である。さらに検討が順調に進めば、バレット食道モデルラット(食道空腸吻合)を用い、NotchシグナルとCdx2の発現状況について解析を行う予定とする。これまでにモデルラットにおけるATOH1とCdx2の発現を経時的に検討したところ、術後24週目でATOH1は発現のピークを示したが、Cdx2は32週目をピークとして発現しており、バレット食道形成初期においてはATOH1がより重要な役割を持っている可能性が示唆され、Dll-1の発現変化も含め、このモデルで得られた組織をさらに詳細に評価し、バレット食道が形成される過程での経時的なCdx2とNotchシグナルの相互作用の解明を目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度も前年度に引き続き、培養細胞を用いた検討を主体とする。免疫染色用の抗体が予定よりも少ない使用量で評価可能であったため、予定より約15万円の未使用額を生じた。この額も含め、細胞維持用の試薬、解析に用いる免疫染色用抗体、PCRおよびWestern blot用各種試薬・抗体などを主な研究費支出とする。培養細胞として食道腺癌細胞株(OE-19、OE-33)に加え、新たにバレット食道細胞株(CP-A)を用い、これらの細胞を維持しながら、NotchシグナルとCdx2の相互作用の詳細を明らかとするための検討を進めていく。現在までの検討では、培養細胞を用いたNotchシグナルの機能亢進させる系としてリコンビナントNotchリガンド(Jagged-1、Dll-1)の投与を用いHes-1の発現を誘導させる系を用い、機能低下させる系としてγセクレターゼ阻害薬(DAPT)の投与によりHes-1の発現を抑制させる系で評価を行ってきたが、今年度新たに示されたDll-1の発現調節機構を明らかにするため、Dll-1のsiRNAおよび発現ベクターを用いた発現調節系(gain of function、loss of function)を樹立してさらに詳細な検討を行う。Dll-1の発現を直接変化させることにより、リガンドや阻害剤の投与による系よりもより詳細な相互作用が明らかにできるものと考えている。Notchシグナルの下流の因子としてはHes-1およびATOH1の発現をPCRおよびWestern blotで評価し、Cdx2および腸型ムチン形質のマーカーであるMUC2の発現も同時に評価する。これらの研究を進めていくための情報収集、成果発表のための国内の学会への参加や各種資料の収集および論文投稿用の費用も必要となるため、これらの支出も予定する。
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