これまで、血管新生促進因子の一つであるHLH転写因子Id1の新生血管内皮細胞における発現は、空間的に均一でなく個々の細胞によって様々なレベルで発現していることを、発生時期のマウス網膜や脳のサンプルを用いること、試験管内の血管新生モデルを用いることで示した。また、血管新生内皮細胞におけるId1のモザイク発現パターンの機能的意義を理解するために、in vitro血管新生における内皮細胞動態を選択的に解析する技術を開発した。それにより、血管新生を行う個々の内皮細胞の動きは時空間的に均一でなく、個々の細胞レベルで時々刻々とその運動性の状態を変え、全体として非常に複雑に動きながらも秩序ある血管の形やパターンを形成していくことが分かってきた。さらに、血管新生における枝の伸長現象を得られた細胞動態に基づき数理モデル化することを通して、その複雑な動態は、個々の内皮細胞運動状態の確率的変化としてある程度理解しうることも分かった。 本年度は、数理モデル化を進めることで血管新生を担う多細胞動態の制御機構をより理解すること、Id1の発現パターンと内皮細胞動態の不均一性の関連性を検討する実験系を構築することを目指した。結果、先端の内皮細胞動態は、個々の細胞運動性の確率的な状態変化のみでは十分に説明できず、後続の細胞との細胞間相互作用といったより決定論的な制御機構が重要であることがわかった。一方、Id1遺伝子操作によりId1発現パターンの人工的再現や撹乱が可能で、Id1の機能的役割を解析することが出来る構成的実験系を現在確立できつつある。 本研究においてId1遺伝子の血管新生における役割を検討していくことを通して、個々の細胞の遺伝子の発現および細胞状態の不均一性がどのように統合され秩序ある集団細胞運動や形態形成に繋がっているのかという重要な一般的命題の解明や血管新生の新しい治療法の開発に貢献できる。
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