Wntシグナルは発癌、発生などに関与する重要なシグナル伝達系である。悪性黒色腫においても、Wntシグナルの異常な活性化が起こることが報告されていている。これまで、我々は、悪性黒色腫細胞株を用いて、細胞株ごとのWntシグナルの活性化状況を検索してきた。その結果、細胞株ごとにWntシグナルのkey moleculeであるbeta-cateninの発現量に差があるとことが解明されたものの、細胞周期に関与するcyclinを抑制するp16の発現とbeta-cateninの発現とに相関関係を見いだすことが出来なかった。 そこで、他の皮膚悪性腫瘍とWntシグナルとの関連を検討することとした。現在の日本は高齢化社会にはいり、皮膚悪性腫瘍の患者数も年々増加している。特に紫外線の影響が大きい、有棘細胞癌の症例数の増加が著しい。そこで、有棘細胞癌の発症メカニズムと新規の治療法の確立を目指し、有棘細胞癌の発症におけるWntシグナル関与を検索した。 有棘細胞癌の発症に紫外線が関与していることは今までの研究結果からも明らかである。しかし、その他に瘢痕や扁平苔癬、萎縮性硬化性苔癬など慢性炎症性疾患も有棘細胞癌の発症母地となることが知られているが、その詳細なメカニズムは不明のままである。我々はこれまで遺伝子変異誘導酵素AIDが有棘細胞癌やその前駆病変で異常な発現をしていることを報告している。今回、AIDを培養表皮角化細胞に強制発現させたところ、Wntシグナルの重要な構成要素であるbeta-cateninの分布に異常を来すこと、細胞接着に重要なE-cadherinの局在が変化することを解明した。このことは、AIDがWntシグナルの異常な活性化を引き起こし、有棘細胞癌の発症や転移などに関与している可能性を示している。さらにAIDを特異的に抑制する分子標的薬が開発されれば、有棘細胞癌の治療に有用な可能性を示唆している。
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