本研究では、中性アミノ酸のひとつであるD-セリンがNMDA型グルタミン酸受容体(以下NMDA受容体)にキラル選択的に作用することに着目し、その脳内代謝機構やその作用調節を解明するとともに、その臨床応用として、統合失調症の分子病態に基づいた新規治療法の開発促進を目指すことを目的としてきた。前年度までの研究成果を踏まえて、今年度は当初より予定していた遺伝子関連解析を重点的に行なった。コアゴニストとして作用するD-セリンにより影響を受けると推測される、NMDA受容体阻害薬(PCP)応答遺伝子やその関連遺伝子を含めて、D-セリンシグナルの下流標的遺伝子候補として統合失調症との関連解析を行なった。ただし、本研究としては、本年度は新規遺伝子の解析は開始せずに、前年度までの予備的結果に基づいて解析サンプル数等を補充することにより遺伝子統計学的に十分評価に耐えうる結果を得ることとし、また本報告者が新たに平成26年度に開始した科学研究費助成事業と課題重複がないように配慮した。その結果、複数の候補遺伝子において、統合失調症との遺伝子型およびアリル頻度において関連が認められ、さらに多重検定後も有意であることを明らかにした。また、一部の遺伝子の一塩基多型においては、性別および統合失調症の発症年齢により階層化した場合に疾患との関連が示された。これらの結果は、D-セリンーNMDA受容体シグナル関連遺伝子が、統合失調症の病態に関与することを明らかにするとともに、統合失調症の発症にかかわる分子病態が単一ではない可能性を示していると考えられる。このように中性アミノ酸のキラル特性に着目した今回の分子遺伝学的研究から、統合失調症の疾病脆弱性の異質性を示唆する新たな知見が得られた。
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