研究課題/領域番号 |
23591834
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
榎本 敦 東京大学, 医学(系)研究科(研究院), 助教 (20323602)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 放射線増感 / STK38 / プロテオーム解析 |
研究概要 |
これまで研究代表者は、多くのヒト癌細胞株においてSerine-Threonine Kinase 38 (STK38)活性が亢進していることや放射線・過酸化水素などの酸化ストレスによって活性化されることを見出してきた。そしてSTK38標的としたsiRNAによる発現抑制が、複数のヒト癌細胞株(子宮頸癌由来HeLa、肺癌由来Lu99)において放射線増感を引き起こすことを明らかにした。そこでこの放射線増感メカニズムを解明するため、STK38相互作用分子の同定とSTK38を標的としたshRNAを安定的に発現する細胞株を樹立し、細胞内基質の同定をリン酸化プロテオームにより解析した。 相互作用分子の同定は、STK38をタグで付加した過剰発現ベクターをヒト腎由来HEK293T細胞に導入し、細胞抽出液を作成した後、タグ抗体による免疫沈降とそれに続く免疫沈降産物の一次元・二次元電気泳動による展開そしてSTK38特異的に沈降してくるバンド・スポットの質量法分析により解析を行った。その1つとして、ヒートショックタンパク質の1種であるHSP90を同定した。 HSP90は、タンパク質の機能的構造形成の促進やプロテアソーム分解からの保護の役割があることが知られている。そこでHSP90特異的阻害剤17-AAGによるSTK38発現への影響を解析した。その結果、17-AAGはSTK38タンパク質レベルを濃度依存的・時間依存的に減少させた。しかしながら、17-AAGによるSTK38の発現レベルの減少は、プロテアソーム阻害剤、カルパイン阻害剤、カスパーゼ阻害剤などでは回復させることがほとんど出来なかった。このことは、17-AAGによるSTK38発現抑制は、プロテアーゼ・プロテアソームなどの分解経路に依存しない可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者は、STK38相互作用分子を質量分析法により、HSP90を始めとして複数同定することに成功している。そしてHSP90阻害剤17-AAGは、STK38のタンパク質レベルを減少させることを見出した。さらSTK38を標的としたshRNAを発現するベクターを組み込んだ肺癌由来Lu99細胞の安定形質転換株を作製した。STK38を安定的にノックダウンした細胞は、コントロール細胞に比べて、顕著な放射線感受性とアポトーシスの亢進を示した。17-AAGは、単独でも抗腫瘍効果を示すほか、放射線との組み合わせにより増感を起こすことが知られている。STK38ノックダウンが放射線増感を引き起こすことから、17-AAGはSTK38のダウンレギュレーションを通して増感を誘導している可能性が示唆された。さらにSTK38を安定的にノックダウンしたLu99細胞株を用いて、DNA損傷応答に関わる経路について網羅的に解析を行った結果、G2/Mブロックや細胞死の制御に関わるシグナル伝達因子のリン酸化・活性化に有意な差が認められた。またインビトロキナーゼ活性測定の結果から、DNA損傷応答に関わるこれらの分子の複数をSTK38が直接リン酸化していることを見出している。以上のことから、当初の目的であるSTK38相互作用分子・基質の同定および感受性制御メカニズムの解析に向けて、材料作製・基礎データ収集など順調に研究が進展している。
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今後の研究の推進方策 |
STK38の安定ノックダウン細胞株や既存のDNA修復欠損株(AT患者由来細胞株など)を用い、二次元電気泳動とリン酸化タンパク染色によるリン酸化プロテオーム解析を進め、DNA損傷応答のネットワークについて解析を行う。DNA損傷応答に応じて相互作用あるいはリン酸化されるタンパク質を質量分析装置で同定した後は、そのタンパク質をコードする遺伝子の過剰発現あるいはノックダウンによる量的変化あるいは同定したタンパク質のリン酸化部位変異体による質的変化の放射線感受性への影響を解析する。リン酸化部位の特定には、質量分析法あるいはバイオインフォマティックスを駆使したリン酸化予測に基づいてリコンビナントタンパク質を作製し、インビトロキナーゼ活性により特定する。特にリン酸化部位や制御部位を決定することができれば、その部位に対する特異的抗体を作製する。そして作製したこれらの抗体を用いて、細胞・組織レベルにおける放射線感受性のモニター・感受性予測の可能性について検討を行う。そして同定したタンパク質のDNA損傷における量的・質的変化がどのように感受性を制御するのか修復・細胞周期・細胞死の表現型解析を切り口として、その分子メカニズムに迫る。
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次年度の研究費の使用計画 |
DNA損傷応答シグナルにおけるリン酸化タンパク質やSTK38相互作用因子の同定後、これらのタンパク質に対する特異的抗体の作製が必要になる。次年度の研究費は、抗体作製に必要なペプチド合成・動物管理(ウサギの餌・メンテナンス等)・抗体精製のステップにその一部を振り分ける。特にリン酸化特異的抗体の作製には、リン酸化部位を含むペプチド合成の他、抗体精製用にリン酸化型ペプチドおよび非リン酸化型ペプチドを充填した精製カラムを準備する必要がある。その他、リコンビナントタンパク質や質量分析に向けたタンパク質精製に必要な試薬やカラムを購入予定である。放射線感受性の解析には、各種変異体を用いたコロニー形成法やアポトーシス解析を行うため、培養液・培養容器やアポトーシス測定キット(Annexin V染色キット)を購入する。細胞周期は、主に市販キットとフローサイトメーターを利用して解析する他、既知のマーカータンパク質(Histon H3 Serine10のリン酸化、CDC25 familyなど)の発現について特異的抗体を購入してウエスタンブロット解析により行う。DNA修復能の解析には、DNA二重鎖切断のマーカーとして知られるγ-H2AXに対する抗体を利用とした免疫染色や単一細胞レベルで修復能の解析が可能なコメットアッセイにより評価する。いずれも顕微鏡を主体とした解析となるため、抗体標識や核染色などの蛍光標識試薬が必要となる。
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