研究課題/領域番号 |
23591891
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
松下 一之 千葉大学, 医学(系)研究科(研究院), 准教授 (90344994)
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研究分担者 |
野村 文夫 千葉大学, 医学(系)研究科(研究院), 教授 (80164739)
佐藤 守 千葉大学, 医学部附属病院, 助教 (20401002)
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キーワード | c-myc / alternative splicing / cancer / SF3b1 / SAP155 / therapy / protein interaction |
研究概要 |
我々は、癌組織ではc-myc遺伝子の転写抑制因子FIR(FBP interacting repressor)の転写抑制部位が欠損した複数のスプライシング変異体が高発現し、そのために癌では正常型FIRの機能が阻害され、その結果TFIIH/p89/ERCC3/XPBのDNAヘリカーゼ機能を抑制できずにc-myc遺伝子の持続的な賦活化が惹起されることを報告してきた。このように、癌における特定の遺伝子の高発現状態の維持や調節機構の破綻は、近年「がん遺伝子依存 (oncogene addiction)」と表現されている。本研究では「がん遺伝子依存」の状態となっているタンパク質(ペプチド断片)を質量分析技術を用いて(抗体を用いない方法で)検出することを試みる。具体的には、癌組織中に高発現しているFIRやFIRのスプライシング変異体、およびこれらに結合する蛋白質複合体等の超微量核蛋白質を血液中に検出して、新規の腫瘍マーカー候補を同定する。すでに癌組織で高発現が確認されている蛋白質やペプチドを高感度に血液中に検出することができれば、従来のバイオマーカーよりも感度・特異度ともに優れた癌早期診断法を開発することが可能だからである。そのための方法論(質量分析装置や血清の前処理技術)も整備・確立されている。さらに、FIRによるアポトーシス誘導は「がんにおけるc-myc遺伝子依存 (oncogene addiction)」を遮断すること、すなわちc-myc遺伝子の発現を強く抑制することがその主な原因と考えられる。FIRによるアポトーシス誘導を利用したFIR遺伝子導入による癌治療の可能性についても検討した。本研究計画は概ね順調に経過しており、後に記載するように幾つかの論文報告や特許の申請につながっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
FIRとFIRΔexon2蛋白質(癌で発現し正常型FIRの機能を拮抗阻害するFIRのスプライシングバリアント)のX線結晶構造解析の違いから、FIRΔexon2蛋白のみの核内輸送を阻害する低分子物質(ペプチド含む)をコンピューターシュミレーション、およびそれぞれの全長の精製タンパク質の結晶化によりX構造解析を行った;その理由はFIRΔexon2がc-myc遺伝子の発現増大を誘導し、細胞の癌化を導くなら細胞質で産生されたFIRΔexon2の核内輸送のみを選択的に阻害する物質は抗癌剤の候補であると考えられる。そのためにFIRあるいはFIRΔexon2の可溶化蛋白質を大量精製しX線結晶解析により、転写抑制部位であるそれぞれの蛋白質のアミノ末端の構造を解析する。FIR遺伝子のスプライシングの解析によりFIRΔexon2mRNAの核外輸送のみを選択的に阻害する。FIRΔexon2蛋白の核内輸送を選択的に阻害することと同様に、FIRΔexon2mRNAの核外輸送のみを選択的に阻害する低分子物質も抗癌剤の候補である。本研究ではその物質を見出す手始めとしてFIR遺伝子のスプライシングに関与するスプライシングファクターの同定を試みる。我々はすでに癌と非癌組織から抽出された蛋白質のプロテオミクスにより、癌特異的に発現変化が見られるスプライシングファクターを多種類同定している。FIRおよびFIRバリアントに対する自己抗体の検出:FIR自己抗体検出のためのELISAキットを作製するための、抗FIRマウスモノクローナル抗体を産生するメラノーマ細胞を用いたマウスハイブリドーマ細胞は既に樹立済みである。この抗FIR抗体を用いて、末梢血中の抗FIR抗体を検出するためのELISAキット作製し、癌患者の血清中に抗FIR抗体免疫複合体あるいはFIR断片ペプチドが検出されか検討する。
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今後の研究の推進方策 |
癌移植動物モデルを用いてFIRセンダイウイルスベクター(DNAVEC社、つくば市)による癌抑制効果の検討を行う。センダイウイルスベクターは国産の特許を有するため将来の臨床応用を考慮した時に有利である。さらにマウスを用いた動物実験では、種々の癌細胞に対してFIRセンダイウイルスベクターが移植癌細胞の増殖を有意に抑制することがわかっている。同時に、各種抗癌剤との併用実験も行い、FIRセンダイウイルスベクターとの相乗効果、相加効果などを確認している。本研究では、この仮説に対する検証も継続して行う。本研究の目標達成のための他施設との協力体制;理化学研究所吉田稔研究室(スプライシング機能解析)、産総研(台場)夏目徹研究室、プロテオミクス解析(千葉大病院、北里大学理学部)、蛋白質結晶化技術(大阪大学工学部森勇介研究室・創晶)、X線結晶構造解析(理研播磨スプリングエイト)、千葉大学先端応用外科(松原久裕教授)等の協力関係が整っている。
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次年度の研究費の使用計画 |
消化器癌移植動物モデルを用いて、同様の検討を行う。また実験のプロトコールはすでにp53遺伝子導入実験で確立しており(松原ら)、p53遺伝子の腫瘍縮小実験と同様の実験計画を行う予定である。現在は臨床応用の前にインビトロの培養細胞を用いる実験の準備段階にある。先に述べたFIRの機能解析はインビトロの培養細胞を用いた実験であるが、これまでの結果からFIRは新しい癌抑制遺伝子である可能性が高く、従って癌遺伝子治療の分子標的としての利用価値が高い。さらにp53遺伝子治療の臨床試験にはウイルスベクターの製造・運搬、患者および患者検体の取り扱い、特殊病室(高度の気密性を保つ)の確保、器具の消毒、患者データの保管・管理、病院関係者の協力等に高度のマニュアルが必要である。当施設では高度先進医療の研究費ですでにこれらの必要機材・設備・マニュアルを完備している。本研究によりFIR遺伝子治療の可能性が示唆されれば、直ちに臨床試験が可能な体制にある(松原ら)。
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