非致死的な短時間の虚血負荷は、引き続く致死的虚血負荷に対する耐性現象を誘導することが知られている。この虚血耐性現象のメカニズムはいまだ明らかとはなっていないが、多数の遺伝子発現変化が関与することが予想されている。一方、エピジェネティクスとは、クロマチンの化学的、構造的な修飾による遺伝子発現制御であり、その主なメカニズムはDNAのメチル化およびヒストン蛋白質の化学修飾より成り立っている。DNAのメチル化はシトシンーグアニンの順に並んだ2塩基配列であるCpG配列上で、DNAメチル化酵素を介して起こるが、これは転写因子の結合阻害や転写不活性なクロマチン形成を生じ、遺伝子発現を強く抑制する。ヒストンの化学修飾(アセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化、ADPリボース化)の組み合わせも、転写活性などのゲノム動態を制御している。本研究の目的は、脳虚血耐性現象におけるこのエピジェネティクスの役割を検討することである。 本年度までに施行した発現アレイ解析の結果より、虚血耐性獲得脳では致死的虚血脳と比べ、cell cycle関連遺伝子、apoptosis関連遺伝子、炎症反応関連遺伝子などの多くの遺伝子発現が著明に抑制されていることが解明された。本年度は、虚血耐性獲得脳でのヒストン蛋白質の化学修飾の状態をwestern blot解析した。その結果、虚血耐性獲得脳では虚血後72-120時間後のH3K27のジメチル化が致死的虚血脳と比べ亢進している傾向を認め、これが遺伝子制御に関与している可能性が示唆された。
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