研究課題
細胞浸潤の抑制による新規グリオーマ治療法の開発をめざし、すでにグリオーマ細胞における発現亢進を見出しているナトリウムイオン / プロトン交換輸送体1 (NHE1) の、機能抑制による腫瘍細胞浸潤の抑止の可否を、in vivo において検討した。この目的のために、ヌードマウスを用いた潜行性浸潤モデルの構築も併せて行った。このモデルにおいては、潜行性浸潤を再現するために、体温によって固化するコラーゲンゲル包埋を腫瘍細胞の移植時に行うという手法を開発した。潜行性浸潤モデルとして広く認められているものは現在のところ存在しないため、グリオーマ細胞浸潤の研究・治療法開発のための有益なツール足ると考え、特許申請の手続きを検討中である。本法を用いて、NHE1 阻害剤である EIPA によるグリオーマ細胞浸潤に対する NHE1 抑制の効果を検討し、これまでのところ、in vivo における 70% 程度の浸潤抑制効果を観察している。本抑制の時間経過を観察したところ、EIPA による NHE1 抑制は潜行性浸潤の開始を遅らせることに寄与していることが判明した。このような作用形態であるため、実際の治療における使用法としては、診断がつき次第可及的速やかに投与を開始し、外科的切除の効果を高めることに留意すべきであると考えられた。一方、愛媛大学病院脳神経外科の臨床検体の解析より、これまでのところ、グレード4のグリオーマ患者のおよそ 5 割において NHE1 遺伝子の発現亢進が観察されており、EIPA などの阻害剤の使用が有効である可能性がある患者の割合がこの程度であることが期待される結果である。今後は、臨床検体の組織染色における NHE1 蛋白質の発現亢進の検討に入る予定である。
2: おおむね順調に進展している
これまでのところ、最大の関心事であった in vivo における NHE1 抑制のグリオーマ細胞浸潤に対する抑止効果が観察されていることから、研究計画の達成度については申し分ないと考えている。しかしながらこの結果は C6 細胞においてのみ得られており、ヒトグリオーマ細胞のマウス脳への移植は、知られているように著しく低効率に留まっており有意なデータは得られていない。今後この改善を試みたい。一方、臨床検体の解析については 10 例程度の解析が終了したところであり、今後その例数を統計的に有意な規模にまで増やすことを継続する。EIPA にかわるリード化合物の探索について、新規技術の展示会等製薬会社各社に対するプレゼンテーションの機会を得て説明を行い、八社の担当者より連絡先の呈示を、二社の担当者より共同研究の可能性について社内で検討を行う旨の反応を得ている。一方、EIPA 以外の薬剤についてはいまだ入手がかなっておらず、検討に入れていない。製薬企業との連携を得て、新規薬物の検討に早期に入りたい。他のがんへの応用について、乳がん細胞における NHE1 発現を正常乳腺上皮細胞との比較において検討したが、正常グリア細胞 (星状細胞) に比していずれも高い NHE1 発現を示しておりがん細胞に特異的な発現亢進ではなく、このため乳がん細胞の浸潤抑制のための標的として適しているとは言えないと考えられた。他のがんにおける NHE1 発現亢進と浸潤性の相関については、今後さらに探索は継続する。以上のように、計画の各項目に関して、望ましいもの、期待はずれの解答が得られている状態であり、全体としての進捗状況としては問題ないものであると考えている。今後は主たる課題である NHE1 の治療における有用性の証明に注力する一方、他の課題についても修正を加えつつ推進していく予定である。
ヒトグリオーマ細胞のマウスへの移植系の樹立について、重篤な免疫不全動物を使用することが最も早期に試みられる改善策であるが、現在別プロジェクトとして進めている免疫抑制の利用を進めたい。このプロジェクトにおいて、免疫抑制機構を誘導したグリオーマ細胞のマウス脳への移植において、重篤な浸潤と腫瘍細胞の増殖をみている。このため、このしくみをヒトグリオーマ細胞に導入することで新規の移植系が樹立できる可能性がある。製薬企業との連携の模索については、今後も展示会等への積極的な参加に加え、四国 TLO との連携通じた企業への技術紹介に務める。グリオーマ以外のがんにおける NHE1 の意義については、現在予備的検討において興味深いデータを得ている。正常扁平上皮、扁平上皮がん、および腺がんの比較において、扁平上皮がんにおける強い発現亢進を見出した。この腺がん細胞においては NHE1 発現が著しく低く、またこれら二種の腫瘍細胞には口腔に移植した際の流入リンパ節への転移性に著しい差異があることがすでにわかっている。すなわち、現在までの結果、NHE1 発現亢進が転移と相関すると解釈できる。この結果を、扁平上皮がん特質なのか、上記リンパ節転移を EIPA が抑制できる可能性が拓けたものと考えて良いのかなど、今後さらに検討を加えたい。
研究計画に大規模な変更は生じていないため、当初の予定に沿って使用する。なお、初年度に使途を変更して購入したイムノブロット膜作成用装置は、研究遂行のための主力機器の一つとして活躍中であり、研究費の使途として間違いがなかったと自負している。次年度の使用計画の詳細についてだが、特に初年度中において in vivo のデータが得られたことから、本年度は国外の当該学会における発表を通じてより議論を深めたい。すでに論文作成に入っていることから、その掲載料・印刷費等にも使用するなど、前年度に比して発表関連の用途に使用する予定である。
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