研究課題
これまですでに、in vitro の細胞レベルで有効性を見出していた NHE1 を標的としたグリオーマ細胞の潜行性浸潤の抑制を、動物実験において in vivo でも有効であることを確認している。この NHE1 抑制には阻害剤である 5-(N-ethyl-N-isopropyl)-amiloride (EIPA) を用いているが、上記の効果がin vivo においても腫瘍細胞にのみ及んでいるのか、すなわち、グリオーマ細胞浸潤における正常脳組織側における変化、役割について検討した。その結果、従来から知られているとおり、腫瘍塊の内部に大量の宿主由来のマクロファージ様細胞が存在していることが確認されたが、これらの細胞が強く NHE1 を発現していることが観察された。これらマクロファージ様細胞は腫瘍塊内部にほぼ均一な形で分布しているが、腫瘍塊の辺縁部に分布するものに特に NHE1 発現が強く、これらの細胞が NHE1 を利用した特殊な機能を果たしている可能性が示唆された。この観察から、脳に常在するマイクログリア細胞や脳内の病変部に骨髄から動員されてくるマクロファージ様細胞における NHE1 発現に注目し、いくつかの解析を行った結果、i) マイクログリア細胞を細菌の侵入を模したリポポリサッカライド (LPS) 刺激した際の NHE1 発現の上昇、ii) 培養単球/マクロファージ細胞とされる U937 細胞のフォルボールエステルによるマクロファージへの分化誘導に伴う NHE1 の発現上昇、加えて LPS 刺激によるさらなる二倍程度の発現上昇を見出した。さらに、予備的検討ながら NHE1 ノックダウンにより U937 細胞のスーパーオキサイド産生が抑制されるという結果を得ており、上記防御系細胞の機能発現において NHE1 が、重要な機能を果たしている可能性が強く示唆された。
2: おおむね順調に進展している
これまでのところ、最大の関心事であった in vivo における NHE1 抑制のグリオーマ細胞浸潤に対する抑止効果が観察されていることから、研究計画の達成度については申し分ないと考えている。しかしながらその作用機序の解明について上記のように新しい観点が必要となってきており、研究の展開としては大変興味深い状況である。さらに、課題であった他のがんにおける NHE1 を標的とすることの有用性について、おおきな進展が得られている。別研究テーマとして展開していた扁平上皮がん (舌がん) の流入域リンパ節への転移において、ほぼ 100% もの高転移性を示すヒト扁平上皮がん細胞が、正常扁平上皮組織および非転移性の腺がん細胞に比して非常な NHE1 発現亢進を示すことを見出した。マウス舌への本細胞の移植後約二週間後から、ほぼ 100% リンパ節への転移が観察されるが、 本系における EIPA の腹腔への投与により流入域リンパ節である顎下リンパ節の腫脹が抑制されることを見出している。上記の別テーマの研究は、転移標的組織構築が転移に先立って再構成されることに対して、原発巣の腫瘍細胞がどのような働きかけを行うかを追求したもので、リジルオキシダーゼ様蛋白質2 (LOXL2) を始めとした数個の候補責任因子をすでに見出し、報告している (Oral Oncology, 48, 663-758, 2012)。LOXL2 の阻害剤である D-penicillamin の投与においても、上記同様顎下リンパ節の腫脹が抑制され、さらに興味深いことにその抑制効果は EIPA と相加的であった。このことから、作用機序の異なる EIPA と D-penicillamin の併用による効果的な転移抑制という治療戦略が立てられると考えられるに至っており、予想外の成果となっている。
NHE1 の阻害がグリオーマ細胞の潜行性浸潤の抑制に有効であることを、現在得ている結果に加えてより強く示すことが喫筋の課題である。そのため、i) より効果の強い阻害剤の探索、ii) 作用機序の徹底した解明、が望まれると考えている。前者に関して、EIPA 以外の薬剤数種の入手が完了した。また交渉が奏功し、一件の製薬会社からの薬剤の提供を受けることにも成功したので、これらを用いた解析を推進する。後者に関して、グリオーマ細胞の潜行性浸潤像を仔細に観察すると、浸潤している小塊が血管内皮細胞を含んでいることが観察され、それら内皮細胞が NHE1 陽性であることを最近新たに見出している。グリオーマ細胞自身の浸潤活性もさることながら、それは血管の関与によって発揮されるものである可能性も高まっている。腫瘍血管の形成については、宿主由来の血管に加えて腫瘍幹細胞に由来するが血管内皮成分があり得ることが示されている。共同研究によりすでに Flk1 遺伝子プロモータ下流に GFP 遺伝子を連結し、体内のすべての血管が緑色の蛍光を発するトランスジェニックマウスを得ているので、このマウスにおいてグリオーマ移植実験 (特にグリオーマ細胞を赤色蛍光にて標識する) を行うことで、血管成分の由来の特定も可能であると考え、準備を進めている。また上記の生体防御系細胞における NHE1 の意義解明はそれ自体が独立しうるテーマであるが、本研究の内容と不可分でもあるので、可能な限り連動させて、より意義深く、生体での実態に即した解析とすべく善処する。また、扁平上皮がん転移への関与についても、同様に独立しうる重要なテーマであると考え、平成 25 年度新学術領域の公募に応募したが不採用であった。民間の助成を含め、このテーマの推進にも本基盤研究 C との連携を密に、推進したい。
新規に購入する備品、高額な試薬等はないが、日常的・基本的な実験を下支えする細胞培養試薬・器具、その他試薬購入のために、残予算が継続的に不可欠である。支援の安定した継続を切望する。
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Oral Oncology
巻: 48 ページ: 663-758
10.1016/j.oraloncology.2012.02.007
J. Cell Biochem.,
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10.1002/jcb.23374