研究課題/領域番号 |
23592261
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
小田 裕 大阪市立大学, 医学(系)研究科(研究院), 登録医 (70214145)
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キーワード | 局所麻酔薬 / 脂肪乳剤 / 毒性 / ブピバカイン / レボブピバカイン / 脳波 |
研究概要 |
局所麻酔薬の中枢神経毒性・心毒性および局所麻酔薬による中毒症状に対する脂肪乳剤の効果に関するreviewを行った。動物としてラットを用い、覚醒状態で脳波、血圧、心拍数のモニタリングのもとに局所麻酔薬を静注した際のブピバカイン、レボブピバカインの痙攣誘発閾値の投与量は5.9、7.7 mg/kgで、20%脂肪乳剤の投与により各々8.8、10.0 mg/kg に有意に上昇した。また痙攣を生じた際の血中濃度は、脂肪乳剤を投与しない場合は7.9、10.9 micro g /mlで、脂肪乳剤の投与により各々12.9、17.5 micro g /mlへと有意に上昇した。従って脂肪乳剤はブピバカイン、レボブピバカインによる中枢神経毒性を有意に低下させることが明らかになった。また心停止を生じた際のブピバカイン、レボブピバカインの投与量は各々7.1、9.4 mg/kgで、脂肪乳剤の投与により10.2、13.7 mg/kgへと有意に増加した。心停止時のブピバカイン、レボブピバカインの血中濃度は各々21.6、29.2 micro g/mlで、脂肪乳剤の投与により41.4、47.6 micro g/mlへと有意な上昇が認められた。なお、一連の研究から、ブピバカインを用いた場合は痙攣発症から心停止までの時間が短い点がリドカインと異なるが、これはブピバカインの心毒性には中枢神経が大きく関与しているからであると考えられた。また、脂肪乳剤は心停止からの蘇生効果を有することが海外での動物実験から示されているが、その際には低酸素状態を避けるための人工呼吸が不可欠であるとされる。今回用いた実験系は中枢神経毒性の評価を目的とするため覚醒状態の動物を用いており、中枢神経毒性、即ち痙攣発症後に脂肪乳剤を投与し、その効果を検討することは困難であることが明らかになった。以上は原著論文として欧文誌上で発表するとともに、一連の研究についてreview article として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
脂肪乳剤の効果については、従来の研究は全て全身麻酔・人工呼吸下での実験動物を用いたもので、殆どの研究では局所麻酔薬としてラセミ体ブピバカイン(以下、ブピバカイン)のみを使用している。研究代表者は覚醒状態のラットを導入し、心毒性のみならず中枢神経毒性に対する脂肪乳剤の効果を明らかにすることに成功した。また、局所麻酔薬としてブピバカインに加えてレボブピバカインを使用し、同様の結果がえられることが明らかになった。なお中枢神経毒性の発現には血液ガスや血液pHが大きな影響を及ぼすため、脂肪乳剤の効果を検討するには血液ガス、特に二酸化炭素分圧を一定に保つことが不可欠である。血液ガスデータを再検討したところ、脂肪乳剤の投与後も呼吸・循環データは投与前とほとんど変化が無いことが明らかになった。これらの結果から、従来の方法・測定条件を用いて中枢神経系に対する局所麻酔薬や脂肪乳剤の効果を適切に検討することが可能であることが判明した。得られた結果を欧文雑誌で発表した (Oda Y and Ikeda Y. Effect of lipid emulsion on the central nervous system and cardiac toxicity of bupivacaine and levobupivacaine in awake rats. J Anesth 2013 27: 500-504)。現在までに、脂肪乳剤による局所麻酔薬中毒の抑制機構として、脂肪乳剤による局所麻酔薬の取り込み、有効血中濃度の低下 (lipid sink) に加え、脂肪酸代謝の改善が示唆されている。しかし脂肪酸代謝の改善は、脂肪乳剤による心停止や重症不整脈の治療は説明できても、中枢神経症状の改善は説明できず、今後脳細胞外液中の局所麻酔薬の濃度の定量などにより、これらを明らかにすることが課題であると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
実験動物として従来同様、8-9週齢のSprague-Dawley系雄ラットを用いる。本動物を用いた実験から、脳波上での痙攣波の出現と実際の全身痙攣の出現がほぼ同時に生ずることが明らかになっている。また血圧測定や薬物の投与に必要なカテーテル類の留置もスムーズに行える点で一連の実験に適していると考えられる。実験は基本的に、ラットを用いた従来の方法を踏襲する。すなわち実験数日前に麻酔下で大脳側座核に双極貼合せ電極を留置、歯科用セメントで固定の後に覚醒させる。実験当日は麻酔下で頸動静脈および大腿静脈にカテーテルを留置した後に覚醒させ、ポリコーダを用いて血圧・心拍数の持続測定を行う。循環動態が安定し、血液ガスが正常範囲にあることを確認後に脳波測定を開始する。 これ以降の局所麻酔薬の投与について、従来は脂肪乳剤または生食の投与後に局所麻酔薬の投与を開始したが、これらを同時に投与、また局所麻酔薬の投与開始後、交感神経活動の亢進による血圧上昇が生じた際に脂肪乳剤の投与を行ない、投与前と同様の効果が認められるかを検討する。脳波はコンピューター内にデジタル保存し、解析は専用ソフトウェアー (BIMUTAS II、キッセイコムテック) を用いてoff-line で行う。脂肪乳剤の有無での局所麻酔薬の血中濃度の変化および脳波の変化を求める。局所麻酔薬の濃度については、蛋白結合、非結合分画を合わせた総血中濃度に加え、蛋白非結合分画のみを測定する。さらに、全血中の濃度を測定することにより赤血球への吸着についても検討し、これらが脂肪乳剤による影響を受けるかを検討する。
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次年度の研究費の使用計画 |
今年度は局所麻酔薬の定量に使用していた高速液体クロマトグラフ-質量分析装置が、一部の局所麻酔薬の定量の際に正確に作動していないことが判明した上、予定した研究に対して十分な時間をかけることができず、データのバリデーションおよび関連領域を含めた学会発表および論文の執筆を主に行った。 予定した動物実験とともに、血液及び組織中の局所麻酔薬の濃度の定量を併せて行う。また、薬物動態学的解析については、近年の発表論文に照らし合わせ、non-compartment analysis やpopulation pharmacokineticsを用いた詳細な薬物動態学的解析を行う予定である。
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