脂肪乳剤による薬物中毒の治療に関する新たな情報を収集し、そのメカニズムについて学会講演とともに論文発表を行った。中毒の原因となる局所麻酔薬は主にブピバカイン、レボブピバカイン、ロピバカイン等の長時間作用型局所麻酔薬で、中毒症状としては従来報告されている重度の不整脈や徐脈、心停止に加え、興奮や痙攣などに関する報告が多かった。一方市販薬に含まれるジブカインによる中毒も新たに報告された。局所麻酔薬中毒の治療薬として脂肪乳剤の効果はほぼ周知されたと考えられ、ほとんどの症例で中毒症状の発現後、早期に脂肪乳剤の投与がなされていた。従来から脂肪による局所麻酔薬の取り込み、すなわちlipid sinkが、脂肪乳剤による局所麻酔薬中毒の治療のメカニズムとして提唱されてきたが、パッチクランプ法を用いた最近の電気生理学的検討でも、脂肪乳剤が細胞内のブピバカインの濃度を大きく低下させることが裏付けられている。薬物動態に注目して血中および組織内の濃度を検討した研究では、脂肪乳剤の投与により心筋・脳・肺組織でのブピバカインの濃度は20-50%低下し、肝臓内の濃度は上昇することから、脂肪乳剤により肝臓での取込みおよび代謝が増加していることが裏付けられた。一方近年の研究からはlipid sinkのみではその効果を説明するには不十分で、脂肪乳剤の多量投与による容量負荷や直接の心筋収縮力増強作用、脂肪酸代謝の改善による心筋へのエネルギー供給の改善などが新たなメカニズムとして明らかにされるに至った。とくに脂肪酸代謝の改善については、拮抗薬を用いた場合には脂肪乳剤による蘇生効果が消失する点からも、直接の関与が示唆される。また、単離したミトコンドリアを用いた研究により、脂肪乳剤によるmitochondrial permeability transition pore (mPTP)の開口抑制が、解毒作用に関係することも明らかになった。
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