今回我々は科研費の補助を受けて哺乳類内耳発生におけるPI3K/Aktシグナル径路の機能解析を試み、内耳再生医療への応用の可能性について検討した。上記の目的のために脂質フォスファターゼ機能によりPI3K/Aktシグナル径路に拮抗する癌抑制遺伝子PTENに注目した。まず免疫染色によってPTENはマウス蝸牛発生過程において感覚上皮予定領域を中心に発現をはじめ、有毛細胞分化に同期して内外有毛細胞にその発現が局在してくることを示した。次に機能解析のために、PTEN-floxマウスとFoxg1-Creマウスを用いて内耳特異的にPTENをノックアウトしたPTEN ckoマウスを作製した。CKOマウス (PTENflox/flox; Foxg1Cre/+)はP0頃に致死となり、コントロールマウスに比較して内耳全体がやや巨大化し、蝸牛管径が特に大きくなっていた。CKOでは内・外有毛細胞に余剰列がみられ、特に外有毛細胞では30~40%の領域で4列構造が形成されていたが、蝸牛管の長さに関してはコントロールの方が長い傾向があった。 CKOマウスではAkt、Erkの活性上昇が見られ、感覚上皮予定領域外における細胞増殖がコントロールマウスに比して上昇していた。一方で感覚上皮を構成する有毛細胞・支持細胞の総数にはコントロールマウスとの間で大きな差は見られなかった。以上の結果からPTENは感覚上皮予定領域決定後の感覚上皮予定領域外における蝸牛上皮細胞の増殖を適切にコントロールしている可能性が示唆された。以上より今回の我々の研究により、内耳再生医療ではこれまで主に有毛細胞・支持細胞の再生が注目されてきた傾向があるが、今後細胞の再生から臓器全体への再生の方向へ医療が進歩していく中でPTENと拮抗するPI3K/Aktシグナル径路の内耳発生における重要性が明らかにされたと考えている。
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