研究課題/領域番号 |
23592698
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
阿部 真土 大阪大学, 歯学研究科(研究院), 助教 (40448105)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | Trps1 / TRPS / 顎関節 / 発生 |
研究概要 |
上下顎の正常発生は円滑な哺乳、捕食、呼吸に必須である。様々な病態により下顎の低形成(小顎症)が起こるが、特に体幹に近い近位部に低形成の認められる傾向が強いことが知られている。哺乳類において下顎の近位部には側頭-下顎関節(顎関節)が形成される。ヒトTRPS(Trichorhinophalangeal syndrome)はTrps1遺伝子の変異により起こる遺伝性の疾患である。TRPSにおいて下顎の低形成が認められることはすでに知られているが、その原因は全く解析されていない。本年度はTrps1遺伝子欠損マウスの頭蓋顔面部の表現型解析を行い、この遺伝子欠損マウスで重篤な顎関節の発生異常を呈する事を見出した。Trps1遺伝子欠損マウスで胎生14日齢では野生型とほぼ顎関節原基の発生様式を示した。しかし、胎生17日齢においてTrps1遺伝子欠損マウスでは下顎頭軟骨の著明な低形成を認めた。組織学的な検討から、Trps1遺伝子欠損により下顎頭軟骨の成長板における増殖が早期に停止し、分化が促進していることが分かった。遺伝子発現マーカー検索により、軟骨細胞の肥大化への分化を促進する転写因子Runx2、ならびにそのターゲット因子であるMmp-13の発現領域の拡大が認められた。Trps1の下顎頭軟骨における発現は一時期Runx2の発現と重複する部位がある。さらに、Trps1はRunx2の作用を抑制することが既に報告されているが、ヒトTRPSにおいて認められる変異Trps1はRunx2の転写活性を抑制できないことが分かった。Trps1遺伝子欠損マウスでは顎関節の骨格領域の発生異常のみならず、関節胞、関節円板の発生も全く認められず、顎関節全体の発生にTrps1が必須であることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度はTrps1遺伝子欠損マウスの頭蓋顔面領域の表現型を詳細に解析し、顎関節の重篤な発生異常が起こっている事を見出した。この結果はヒトTRPSにおいて小顎が認められる原因の一つが下顎頭軟骨成長板の早期の消失により生じている可能性を示している。軟骨細胞が肥大化する過程に必須の転写因子Runx2の発現ならびに作用の拡大が認められ、軟骨細胞の増殖と分化のタイミングをTrps1が調節していることが分かった。また、Trps1は関節円板ならびに関節胞の発生にも必須であることも同時に見出した。これらの結果はCell&Tissue Research誌に発表した。Trps1の遺伝子発現調節機構の解析は、3年目に予定している遺伝子組換えマウスを用いてのエンハンサー解析を成功させるために、マウスTrps1遺伝子転写開始部位上流4kbまでのクローニングを行った。現在全長の塩基配列を確認している。この遺伝子断片を用いプロモーター解析を引き続き行う予定である。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度は引き続きTrps1遺伝子欠損マウスの表現型解析を行うことで、Trps1の役割を探り、ヒトTRPSにおいて認められる頭蓋顔面の異常の原因の同定を試みる。顎関節の正常発生は関節を構成する細胞、組織のみで達成されるのではなく周囲の組織からの間接的な作用が重要であることは予想される。胎仔性筋運動を抑制した動物において手足、脊椎の関節発生に異常が生じ癒合することが知られている。Trps1遺伝子欠損マウスにおいても下顎を稼動させる咀嚼筋(特に咬筋)の低形成が認められ、胎仔性の顎運動の低下が予想される。Trps1遺伝子欠損による筋細胞の増殖、分化に対する作用メカニズムの解析をすることで顎関節の成熟機構の理解につながると考えられる。Trps1遺伝子欠損マウスでは顎関節の骨格部位のみならず、関節円板、関節胞の発生が認められず、関節の円滑な運動に必須の滑膜の形成が認められなかった。通常なら関節腔を満たす滑液を産生する滑膜細胞は円滑な関節の運動を行うのに必須の要素である。滑膜細胞の分化にTrps1がどのように作用するかの解析も行う予定である。Trps1遺伝子の発現を制御する上流の因子の探索はルシフェラーゼアッセイを用いて細胞レベルで継続して行う。野生型Trps1、ならびにヒトTRPSにおいて報告されている変異型Trps1の作用の違いを検討するために、骨芽細胞、破骨細胞などの分化に対する作用の違いを見出す事を目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
1.Trps1遺伝子欠損マウスの表現型解析は以下の二点を中心に引き続き解析を行う。1)関節円板、関節腔、滑膜細胞の発生異常を詳細に解析し、2)関節周囲組織の分化に対するTrps1の役割を検討する:側頭骨と下顎頭の発生予定部位の間に存在する関節円板、滑膜細胞に本来分化する細胞を異なる胎生期で透過型電子顕微鏡を用いて詳細に観察する。Trps1遺伝子を発現する細胞は胎生15日齢において下顎頭の表層近くには認められたものの、側頭骨関節窩の周囲には認めなかった。この部位からは将来の関節円板が発生することが示唆されている。つまりTrps1は細胞自律的に作用し、関節円板の分化をサポートしている可能性を示している。胎仔性の筋運動は関節の発生、成熟に必須の役割を果たすことは知られているが、Trps1遺伝子欠損マウスにおいては咀嚼筋の一部の低形成が認められる。しかし、Trps1遺伝子発現解析で咀嚼筋における発現は認められなかった。今後は胎生10日齢前後の頭部中胚葉における発現の有無を検討する。2.Trps1遺伝子の発現調節様式の検討:マウスTrps1遺伝子の転写開始部位上流4kbの遺伝子断片を適当な制限酵素部位を用いることで複数のdeletion constructを作製する。各々の断片を用いて、ルシフェラーゼアッセイにより転写の制御部位の同定を試みる。転写因子結合予測ソフトウェアを用いて同定された制御配列に結合しうる因子の候補を検索し、それらの因子の顎関節における発現様式、遺伝子断片に対する作用を検討する。3.野生型Trps1および変異型Trps1の作用様式の違いを検討する:転写様式の違いは細胞ベースのレポーターアッセイで行うが、並行して骨芽細胞、破骨細胞の分化に対する影響を検討する。
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