本研究の目的は、初診時の患者資料から生成した仮想患者モデルの歯および頭蓋顎顔面骨格の空間的配置が示す幾何学的データから、患者個人がもつ形態学的特徴を定量化し、問題点の抽出、整理、理解が行える客観的矯正診断法を確立すること、さらには、これまで困難とされてきた顔面非対称を伴う矯正患者に対する的確な三次元的治療目標の設定を実現することにあった。23年度で既に所期の目的を概ね達成することができた。そのため24年度では、この手法を応用して顔面非対称症例がもつ形態学的特徴を調査し、顔面非対称症例における上下顎歯列が顎間関係の不調和と左右差の程度に対応し、各顎骨内でそれを代償するような位置と姿勢を示すことを明らかにした。最終年度の25年度では、顔面非対称を伴う不正咬合症例の術前矯正治療で十分な臨床的効果が得られているかについて、本手法を用いてレトロスペクティブに検証した。条件を満たした患者の中から、初診時(T1)と術前矯正終了時(T2)で仮想患者モデルを生成して三次元的診断を行った8名の資料を用いた。仮想患者モデルを脳頭蓋・上顎複合体と下顎骨、上顎歯列、下顎歯列の4要素に細分化し、各要素に設定した基準座標系間の前頭面での相対姿勢、矢状面での相対姿勢、体軸面での相対姿勢、左右的相対位置、垂直的相対位置、前後的相対位置で計測し、T1とT2の違いについて統計学的に分析した。その結果、T1とT2の間には前頭面、矢状面における下顎骨に対する下顎歯列の姿勢と脳頭蓋・上顎複合体に対する上顎歯列の前後的位置でのみ有意差を認め、その他の項目では差を認めなかった。本研究に用いた症例の術前矯正終了時においては、上下顎歯列と各顎骨との間に十分な幾何学的調和をみることができなかった。この結果は顔面非対称を伴う症例の術前歯科矯正治療が困難であることを示唆しており、従来の治療法の再検討を迫る結果となった。
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