平成23年から4年間「戦争を体験した人のライフストーリー~複合的外傷体験としての学童疎開~」の研究に取り組んだ。太平洋戦争時に集団疎開した学童は50万人と言われるが、疎開先や滞在場所、付き添った大人との関係によってその体験は多様である。彼らの共通の体験としては慢性的な空腹、寂しさ、いじめがあげられる。また縁故疎開は縁故関係ゆえの複雑な状況があり、現在まで人間関係に影響を与えているケースがある。さらに深刻な問題として明らかになってきたのが、疎開前後の個有の出来事であった。友人の死やいじめを目撃した目撃者としての罪悪感や東京大空襲で家族を亡くし疎開していた自分だけが助かった罪悪感、戦争孤児となり浮浪児のように生きてきたことなど語りの内容は過酷である。これらの語りから、彼らを苦しめている共通の要因は「罪悪感」であるように思われる。その後、沖縄の学童疎開について、各町村の市史編集室の協力を得て体験者に聞き取り調査を行った。沖縄の疎開地は主に九州であったため海を渡る危険を伴った。学童たちは慣れない土地で季節(特に寒さ)や生活習慣などに苦しめられ、戦後沖縄に帰ったには市民を巻き込んだ地上戦で家族や親族を亡くし孤児となったことを知った。一方、沖縄では孤児院が建てられて孤児が収容され、大人の世話を受けることができたため、本土のように浮浪児となった人は少なく、本土との違いが大きいことがわかった。以上から戦争体験者の中には、今も白米に対するこだわりや苦手な食べ物があり、集団では眠れない、同じ体験者と距離を置きたいなど周囲にはわかりにくい形で生活に影響を与えているケースが多いことがあきらかになった。しかし、戦後70年になって病に倒れる人もおり、こどもの戦争体験をなかったことにしてはならないと正しく語り継ぐことに取り組んでいる人もいる。
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