研究課題/領域番号 |
23600014
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研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
田辺 徹美 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, その他部局等, 名誉教授 (20013394)
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キーワード | 生体分子イオンビーム / 光解離 / 電子捕獲解離 / 静電型イオン貯蔵リング |
研究概要 |
今年度は分子イオンと光子の衝突実験に研究の重点を置いた。目的とするイオンを静電型イオン貯蔵リングに入射し周回させる。一方、リングの直線部に波長可変のレーザーを入射し周回イオンに照射する。イオンは光を吸収した後解離するが、解離生成中性分子はリングの外で検出できる。レーザーの波長を変えて解離の波長依存性を測定する。一方、イオンをリングに貯蔵する時間によっても吸収が変わることが今回はじめて発見された。 Fluorescein は蛍光色を発する有名な色素であるが、この分子の負イオンについて光解離の実験を行った。この分子には2つの異性体があるが、真空に貯蔵すると分子構造の転換が起り一方から他方へ変わることを発見した。これは相互変換と呼ばれるプロセスである。 葉緑素(chlorophyll)は植物が光を取り込む上で重要な役割を果たす。Chlorophyll a および b の光吸収実験は主に液相について行われてきて、気相での実験は極めて少ない。周囲の分子から影響を受けない真空中での分子単体の光吸収の研究は分子の素顔を知る上で極めて大切である。実験は一荷の負イオンの Chlorophyll a および b にレーザーを照射し、生成される中性粒子の時間依存性、レーザー波長依存性、レーザー強度依存性等を測定した。その結果、時間スペクトルは1光子吸収から生ずる減衰の遅い成分と2光子吸収から生ずる減衰の速い成分からなり、これらは一つの解離チャンネルを経由する統計モデルで良く説明できることがわかった。また、波長スペクトルは溶液での吸収スペクトルと大きく異なる。 以上の結果は国内外の学会で発表すると共に、European Physical Journal D および Physical Review A で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
分子イオンによるレーザー光の吸収解離実験では分子イオンchlorophyll a, b について貯蔵リングの実験に加えて衝突誘起解離の実験も含めて研究を完結させることができた。この結果は論文にまとめて発表した。また、分子イオンfluorescein については互変異性体の真空中での転換を観測することができ、同様に論文にまとめて発表することができた。分子イオン orange I についても実験を精力的に進めた結果、互変異性体の構造転換が見えてきている。以上の結果は国内外の学会などで発表することができた。 電子標的は装置の正常動作を確認している。 以上のように研究はおおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
分子イオンによるレーザー光の吸収解離実験では、分子イオンをイオン貯蔵リングに秒オーダーの長い時間貯蔵すると互変異性体の構造が真空中で変るという事実を分子 fluorescein 負イオンについてはじめて発見した。この研究をさらに進めて分子 orange I についても同様の事実を発見した。この研究を実験と理論の両面から更に推進し、研究を完結し論文にまとめることを目指す。また、chlorophyll a, b 負イオンの光吸収については既に論文を発表したが、chlorophyll c, d 等他の分子についても実験の可能性を追求する。実験の可能性が開かれれば chlorophyll a, b と同様の実験を試みる。 イオンー電子の衝突実験は正イオンの電子捕獲解離実験を適当な分子を選んで実行する。 また、次年度はこの科研費の最終年度にあたるので、研究成果のとりまとめや発表にも力点を置く。研究成果は国内外の学会等で発表すると共に論文にまとめて学会誌に投稿する。この課題は物理学、化学、生物学など多くの分野にまたがる研究なので、国内外の当該研究者との交流を深め国際的な協力の下で研究を進める。 以上の研究は田辺が中心となり、実験計画、装置製作、実験およびデータ解析、研究発表には随時連携研究者が参加して協力しながら進める。以下に連携研究者の所属機関、氏名、役割分担を掲げる。 [連携研究者] 京都府立大学:斎藤 学:レーザー調整、検出器回路調整、データ取得解析、研究発表、独立行政法人放射線医学総合研究所:野田耕司:研究計画、内容、結果に関する考察
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度はレーザー実験が多いので、レーザーの修繕、調整費を計上していたが、大きな故障が無かったために未使用の研究費が発生した。 次年度は分子イオンによるレーザー光の吸収解離実験を中心に研究を進める。したがって分子の購入費が必要である。また、レーザーの運転に伴う保守部品費、調整費も必要となる。 研究は連携研究者との共同で実行する。そのための旅費、滞在費が必要である。研究成果は国内の学会、国外のコンファレンスやワークショップで発表するので、そのための旅費が必要である。
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