研究課題/領域番号 |
23610004
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
吉井 美知子 三重大学, 国際交流センター, 教授 (30535159)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | ベトナム / ストリートチルドレン / 市民社会 / 大阪 / 児童虐待 |
研究概要 |
市民社会による児童問題解決への可能性を探るため、9月11日―20日、および2月21日―29日にベトナムで2回に分けてフィールド調査を実施、多くの貴重なデータを集めることができた。その結果、社会主義国ベトナムでは市民による活動に大きな政治的抑圧が加わるなか、それでもソーシャルワークや子どもの人権尊重という新たな概念が市民社会を通じて導入され、結果的に政策の内容や政府による子どもへのケア方法に大きな改善がみられることが明らかになった。また7月から1月にかけて7回の大阪日帰り出張を実施、児童虐待問題に関連した調査を実施した。これにより日本ではベトナムに比して非常に自由に活動ができるはずの市民社会が人手不足と資金不足のなか、政策を変革するだけの余裕も発言力も持たない状況が明らかになった。以上の二都市におけるフィールド調査に加え、東京、京都、岐阜、名古屋等に頻繁に出張して、研究会、学会、セミナー、シンポジウム、フォーラム等に積極的に出席した。これにより研究に必要な知見を得るとともに、研究者間の人的ネットワークを構築することができた。さらにフィールド調査で得られた成果をもとにベトナムと日本の比較研究を行い、ベトナムでは資金提供と同時にかけられる海外ドナーによる外圧が日本の場合ではかからないことを分析し、そしてこれに代わる市民のアドボカシー力の強化が必要であることを提言した。以上の研究成果は12月3日に茨城および東京の2つの異なる国内学会で口頭発表を行うとともに、3月18日にはカナダにおいて国際学会でパネル発表を行い、国内外に発信した。また大阪フィールド調査の考察を紀要に発表した。学会や論文以外では、自治体やNPOにおける講演3本、雑誌・新聞記事執筆2本等を通して研究成果の社会還元を図った。そしてこれまでの功績が認められ、2月には学会賞を受賞した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
3年計画のうちの第1年度にあたる2011年度において、予想を上回る研究の達成度を上げたと自己評価している。その理由として、まずベトナムのフィールド調査においては、すでに過去の研究の蓄積と人脈がある上に、さらに今回の科研費受給を通して非常に優秀なコーディネーター・通訳・助手を傭上して短時間に多くの貴重なデータを得ることができたことがある。日本でのフィールド調査では、当初の東京・大阪での調査の予定を変更して大阪1ヵ所に絞り込んだことで、日帰りでの頻繁な出張調査が可能となった。日本に関して筆者は素人であったが、もと児童相談所所長で現在フリーという貴重なキーパーソンに知り合うことができ、多くの時間を割いて情報や人脈構築のお手伝いをいただいた。さらに西成区の現場では、地元に長く居住して日本人労働者のケアにあたるベトナム人神父からも助力を得た。ベトナムにおいても日本においても、「人」に巡り合えたことが大きな研究成果につながったと言える。もうひとつの理由として、予算がついたことの重要性を挙げたい。長らく途上国の現場で開発ワーカーとして働いてきた筆者にとって、今回の科研費のような研究予算を取得するのは生まれて初めての経験であった。本業の片手間に自費で細々と行ってきた研究と異なり、わざわざ日本から、あるいは三重から研究のためだけに時間を取って出張して調査を行うと、非常に効率よくデータが集まる。当たり前のことかもしれないが、今回初めて実感する機会を得た。最後の理由として、外的条件に恵まれたことがある。2010年度に就いていた大学内での役職を解かれ、全学規模の会議出席の時間が大きく短縮された。このため研究に割ける時間とエネルギーが増えた。同時に健康にも恵まれ、多くの出張を精力的にこなすことが可能であった。
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今後の研究の推進方策 |
第1年度には多くの成果を上げたが、国内国外ともに学会発表までで止まっている。学会で得たコメントを基に、これを論文に仕上げて投稿することを第2年度の第一の方策としたい。第3年度にはさらに1冊の単著書にまとめて出版したい。 第二には、研究対象の拡大を図りたい。第1年度ではベトナムのストリートチルドレン問題を事例として、これを日本の児童虐待問題の解決にどう生かすかという視点で研究を行った。国内のフィールドは大阪に絞られていた。この、「児童虐待―大阪」という枠組みを拡大し、「放射能被ばく―福島」という新たなテーマにとり組んでみたい。福島では市民社会が活発に子どもたちのケアに取り組んでいる。「市民社会は児童問題の解決にいかに貢献できるか」という大きな研究テーマはそのままで、福島の子どもたちをケアする市民社会に焦点を当てて時機を得た研究を推進したいと考える。 同じく第三の方策として、日本の比較対象に欧米先進国を加えたいと考える。ベトナムという途上国と日本という先進国を比較するなかで、日本より先に市民社会が進んできたはずの欧米先進国はどうなっているのかという、素朴な疑問が浮かんできた。先行研究に当たってみたところ、フランスの児童虐待問題と市民社会の貢献について、日本国内での研究が非常に手薄である状況が明らかになった。英語に比してフランス語人材が逼迫しているためと考えられる。3月に渡仏して予備調査をしてみたところ、現地の関係者からは初対面にもかかわらず非常に好意的に受け入れられ、多くのデータが得られた。日本国内で欠落している仏語圏先進国のデータを充実させるためにも、第2年度以降はフランスでの調査研究も推進していきたい。 もちろん筆者のもともとの専門であるベトナムのストリートチルドレン問題について、より詳細にまた時代の流れとともにみられる変化も追っていく。これが第四の推進方策となる。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度は11月もしくは3月に国際学会発表のため北米地域に出張する。8月および3月にはベトナムで、9月にはフランス現地調査を予定している。12月には国内学会で発表をしたい。年度内を通じて大阪、福島、東京等に調査出張を行う。これらの学会出席、調査のための出張旅費や関連費用を支出する予定である。 本科研費の研究のために昨年度より入会した学会・研究会が4件あり、これらの年会費を支出する。また研究テーマに関連した学会、研究会、セミナー、シンポジウム等に参加するための出張費・会費を支出する。また調査に必要な文献、資料、書籍を購入するとともに、論文投稿に際し、外国語文校正のためにネイティブスピーカーを傭上する。その他、資料整理のための資材や消耗品を購入、必要に応じて整理を担当するアルバイトを傭上する。 以上のような項目により次年度は合計約120万円の直接経費の支出を計画している。 なお初年度の経費に1万円強の未使用額が発生したが、これは年度末に海外出張を実施したため滞在先で詳しいレート計算や残高の把握などができなかったためである。 次々年度においては、3年間の受給期間の総決算として単著書の出版を計画している。そのための経費とともに、さらなる追加調査や学会発表のための出張旅費や関連経費を支出することを考えている。
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