研究概要 |
伸長による活性化は昆虫飛翔筋の非同期型動作にとって重要な機構である。我々の以前の研究はマルハナバチ飛翔筋のX線回折像中の第1層線上の1,1反射スポットが伸長に対して最初に反応する反射であることを示した。モデル計算によれば、この反応はトロポニンの構造変化によって説明できる。この結果は、昆虫飛翔筋のトロポニンが現在解明されていない伸長センサーの有力な候補であることを示す。それならば、次の疑問は何が伸長の信号をトロポニンに伝えているかである。昆虫のトロポニンIはプロリン・アラニンに富んだ長い延長部を持つことが知られ、これがアクチン繊維からミオシン繊維まで伸びて伸長の信号を受け取るのではないかということが言われてきた。この可能性を試すため、マルハナバチ飛翔筋のトロポニンI延長部を特異的な蛋白分解酵素(Igase)で切断し、飛翔筋の力学特性とX線回折像に及ぼす変化を調べた。予想に反し、伸長による活性化は切断によって影響を受けなかった。切断は、回折像には劇的な変化をもたらした。昆虫飛翔筋では一般的に赤道2,0反射が1,0反射より遥かに強度が高いが、延長部の切断後は2つの反射の強度がほぼ等しくなった。もしこの強度変化が(トロポニンの結合している)細いフィラメントの質量の減少に由来するなら、その質量は処理前の1/4にならないといけない。しかし延長部の質量は細いフィラメントの10%程度しかない。SDS電気泳動パターンでは、酵素処理によってトロポニンIの75kDaのバンドが消失するのと同時に、溶液中に幾つかの蛋白のバンドが新たに出現している。可能性としては、飛翔筋の高いミトコンドリア活性の結果生じる過酸化物を処理するためのグルタチオンS転移酵素が延長部に多数結合しているため(Clayton et al., 1998)、細いフィラメントの質量が大きくなっていることが考えられる。
|