研究課題/領域番号 |
23617037
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研究機関 | 独立行政法人国立がん研究センター |
研究代表者 |
大浪 俊平 独立行政法人国立がん研究センター, 研究所, 支援施設長 (60291142)
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キーワード | MTRR / MTHFR |
研究概要 |
葉酸は体内において、種々の葉酸代謝酵素によって代謝されるが、その中のMTHFRやMTRRの代謝能力には遺伝子多型による個人差があるのではないかと考えられている。これらの遺伝子多型とがんとのメタ解析あるいは併合解析からの分析結果では、MTHFRのAla222Val (C677T)と食道がん、胃がん、膵がん、MTRRのIle22Met (G66A)と全がんとの間に統計学的に有意の関連性が見出されている。しかしながら、有意な結果のみが発表される出版バイアス、自己申告制のリコールバイアスに加えて、重要なサブグループの効果を見逃している可能性もあり、遺伝子多型の違いによる機能変化については、in vitro、in vivoによる分子レベルでの解明が必要である。平成24年度においては、アミノ酸変化を伴う遺伝子多型の機能的な差異を評価するために、MTHFR及びMTRRの変異を導入した cDNAを作成し、培養細胞中で強制発現させた場合、MTHFR 677CCあるいは1298AA野生型よりも677TT あるいは1298CC表現型の方で、MTHFR蛋白質発現量が低下することが示された。また、いずれのMTHFRトランスフェクタントも、Lac-Zコントロールと比較して、培地中のホモシステイン濃度の劇的な減少と、全メチル化CpG含量のメチル化レベルが低下することが示された。一方、MTRR 66AA表現型では蛋白質発現がほとんど認められなかったにもかかわらず、ホモシステイン濃度に明らかな変化を認めなかった。葉酸欠乏はDNA修復活性の低下によるゲノム不安定性や突然変異率の増加およびDNAメチル化異常に関与し、がんの発生や進展に関っていることが示されており、葉酸の個人間での摂取能力の要因に葉酸代謝酵素の遺伝子多型、特にMTHFRが深く関与していることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでMTRRの機能解析によって、MTRRの遺伝子多型がゲノム全体のDNAのメチル化レベルに影響を与え、蛋白質の発現量を変化させることで膵がんの易罹患性にかかわっている可能性を示してきた。昨年度の研究のまとめとして「MTRRを強発現しているMIAPaCa-2膵がん細胞株のsiRNAによるMTRR遺伝子の機能阻害により、MTRR遺伝子により発現が制御される分子としてDNA複製および細胞増殖に関与するMinichromosome maintenance (MCM)遺伝子や葉酸代謝酵素YMS遺伝子等を同定した」と報告したが、MTRRを発現しているCapan-1、Panc-1膵がん細胞株および正常ヒト膵管上皮細胞株においては、これらの遺伝子は再現されなかった(DNA POLYMORPHISM, 2013, in press)。しかしMTRR遺伝子に制御される下流遺伝子の関与を否定するものではなく、さらなる検討が必要である。葉酸代謝酵素活性の減弱と遺伝子多型との関与が示されているMTHFR遺伝子については、MTHFRの変異を導入したcDNAを作成し、培養細胞中への導入により蛋白質発現量の遺伝子多型による差異を明らかにした。また、培地中のホモシステイン量が劇的に減少することが明らかとなった。血漿ホモシステイン量の上昇は、心血管疾患や胎児の神経管欠損に対する独立危険因子で、また一部のがんや骨粗しょう症、慢性腎不全の高発現にも関与していることが示されており、これらの疾患に対するMTHFR遺伝子による新たな治療法の可能性を示した(論文準備中)。これまでに得られたin vitroの成果を基盤に、膵発がん動物モデルで検証し膵がんに対する有効な一次・二次予防法の開発を目指すことが最終目標であるが、動物匹数に対する特殊な餌代等の資金不足のため、新たな研究費を確保した時点で実施する。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度に引き続き、がんにおける葉酸代謝酵素遺伝子の作用機序およびDNAメチル化異常について検討を進める。葉酸摂取は、膵がんや食道がん、乳がんなどの発生リスクを減少させることが大規模なコホート研究を含め多くの疫学調査で明らかにされている。また、葉酸は1-C単位を供与することによるDNA安定性の維持において重要な役割をもつ。一方、葉酸欠乏はゲノム不安定性やDNAメチル化異常と関連することが示されている。このことは葉酸の摂取が、これらの障害の程度を修正できる可能性を示している。葉酸代謝酵素遺伝子の機能阻害や遺伝子多型によるゲノム全体の低メチル化が、葉酸添加によって修正されるのか否かを明らかにする。現在までに膵がん細胞株への葉酸添加は細胞増殖を促進するが、葉酸欠乏あるいは過剰な葉酸添加は逆に抑制する。一方、正常ヒト膵管上皮細胞株は、葉酸依存性でないことを見出しているので、葉酸結合蛋白や葉酸受容体の両面から葉酸摂取の分子メカニズムを解明する。葉酸受容体遺伝子(FR)は、腺細胞、脳脈絡膜層やがんの一部に発現するが、正常組織では、ほとんど発現しないか、ごく低量に発現する。現在までに正常膵管上皮細胞株ではFR遺伝子の発現は認めないが、膵がん細胞株では過半数で過剰発現している知見を得ているので、FR遺伝子を標的とした膵がん診断の分子イメージングや効果的ながん治療法につながる可能性があるので検討を進める。当初、研究計画に示した「膵発がん動物モデルに対する葉酸摂取効果の検証」については、動物匹数に対する特殊な餌代等を、支援を受けている研究費で賄うことが極めて困難であるため、本研究課題で実施することを中止し、新たな研究費を確保した時点で行うこととする。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度に計画している主な研究項目と研究経費は次のものである。 1. 葉酸代謝系酵素遺伝子の機能解析:引き続き、がんにおける葉酸代謝酵素遺伝子の作用機序およびDNAメチル化異常について検討を進める。今年度は、TYMSおよびMTRに対する特異抗体の作成、これらの遺伝子多型による蛋白質発現とDNAメチル化との関与について検討する。 2.葉酸代謝関連遺伝子の分子機構の解明 3.葉酸受容体を標的とした分子イメージングや効果的ながん治療法の開発 以上の研究計画に対して、主に①DNAのメチル化シトシン含量を測定するためのアイソトープ等の関連試薬、②TYMS, MTRに対する特異抗体による蛋白質解析のための関連試薬、③細胞培養関連試薬のための関連試薬、およびこれらの研究により得られた成果公表のための関連学会等の旅費・参加費を研究予算に計上する。
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