ランダムウォークの脱乱択化とは,ランダムウォークという確率過程を,同等の決定的過程で模倣しようという試みである.ロータールーターモデルはJames Proppにより2000年ごろ提唱された決定的過程で,deterministic random walkともよばれ,マルコフ連鎖の研究者の関心を集めている. ロータールーターに関する従来研究のほとんどが,数学的興味から無限グラフ上の単純ランダムウォークを対象とするものであった.これに対し本課題では,ロータールーターを確率的アルゴリズムの脱乱択化に応用する研究に取り組んだ.アイデアは,マルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)法への応用を意識し,モデルを有限の有向多重グラフ上に拡張するという素朴なものであったが,MCMC法の脱乱択化という目的を明確にすることで大胆な仮定を置くことができ,分布の誤差の上界を得ることに成功した.さらにこの結果を精査・洗練することで,既約なマルコフ連鎖一般について,推移確率行列の固有値で記述される上界も与えている.解析の改良は今後の課題である. 一方で,多重グラフを用いたモデルでは,枝数が推移確率の値に依存して増える,あるいは無理数の推移確率を扱えないなどの限界もあった.この点を克服するために,無理数の推移確率をも扱える新しい(ロータールータに似た)モデルを開発した.このモデルの解析は今後の課題である. 計算における乱数の働きの解明に向け,本課題ではランダムウォークの脱乱択化という新しい技法の開発に挑戦し,新技法に関する萌芽的成果を得ることができたと言える.
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