研究課題/領域番号 |
23650107
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
並木 重宏 東京大学, 先端科学技術研究センター, 特任助教 (40567757)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 嗅覚 / 嗅覚受容体 / 分子情報 / 機械学習 / 官能評価 |
研究概要 |
本年度は複合臭の知覚の安定性について評価を行った.構成成分が類似する複合臭と,構成成分が多様な複合臭について,濃度変化に伴う知覚の変化を比較すると,前者でより安定,後者でより不安定な知覚が得られる.心理学実験を行って,複合臭の快適性の安定性を評価した.分子の物理化学的特徴を計算し,複合臭の多様性の尺度として,特徴空間上での平均距離を求めたところ,安定性とは無相関であった. 次に,人間の知覚は嗅覚受容体細胞群の入力パターンに規定されると考え,嗅覚受容体の応答パターンによって,複合臭の多様性の評価を試みた.現在までに,一動物種において嗅覚受容体の匂い-応答パターンの関係が体系的に調査されているのはショウジョウバエのみである.人間も昆虫も同じ環境で生息するために,処理する匂いのスペクトルも重複する部分があると考え,昆虫の嗅覚受容体応答データを解析した.まず,現在データベース上で公開されているデータを基に,ニューラルネットワークによる学習器を構築した.分子の物理化学的特徴を入力とし,嗅覚受容体細胞の発火率の予測を行った.いかなる匂い物質でも物理化学的特徴は一意に定まるため,テストデータに無い匂い物質の嗅覚受容体応答も予測することができる.さらに感度解析によって,予測に要する特徴を選抜することができた. 複合臭を構成する各成分に対して,嗅覚受容体応答パターンを再構築し,応答パターンの平均距離を多様性の尺度として用いたところ,匂い知覚の安定性との間に相関関係が見られた.すなわち,学習器による嗅覚受容体の応答パターンによって濃度変化にたいする知覚の安定性をある程度予測することができた. 本年度得られた成果は将来的にヒトの嗅覚受容体の応答パターンが体系的に調査された際に,同様の手法を適用することができ,将来の匂い知覚予測システム構築のためのテストベッドとなる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,匂いの類似度を,物理化学的特徴だけでなく,予測された嗅覚受容体応答に基づいて計算することで,匂いの知覚を考慮した類似度を定義することができた.比較的単純な匂いに対して,これを定量的に取り扱う方法を確立した.当初,分子情報に基づく手法のみで予測を試みていたが,適切な指標が見つからず,予測精度が十分でない状況であったが,嗅覚受容体の応答空間上で定義した距離を用いることによってこれを解決した. 一方で本年度の結果は一部の嗅覚受容体について,応答を予測できなかったり,受容体応答に貢献する物理化学的特徴を選抜することができなかった.現在データベースで公開されているデータのうち,嗅覚受容体細胞を十分に活性化させる匂いが無いデータがあり,こうした嗅覚受容体細胞について,予測精度が小さいことから,嗅覚受容体のリガンドとなる物質が特定されていないことが原因であると考えられた.これは,新しい匂い応答データの取得を行うとともに,他の機械学習の手法(サポートベクトルマシンおよびブースティング)を用いて,認識精度の高い学習器を検討する.現在,サポートベクトルマシンを用いて,識別能力が上昇するという予備的な結果を得ている.
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今後の研究の推進方策 |
次年度は,文化・芸道に用いられるような複雑な匂いの評価を試みる.工学的なセンサシステムにおいて様々な複合臭の構成比を分析し,官能評価値と対応付ける.以下2つのアプローチによって分析する. まず,分子情報に基づき,快適性を予測する.快適性の高い匂いとして,香木香気成分や,構成成分が既知の香水を分析し,'よい香り'に共通するルールを探索する.この際複合臭の指標として,どのようなものを用いるかが課題となる.本年度用いた分子情報の平均距離および,分子情報空間上での各構成成分の分布パターンなどを評価する. 続いて,官能評価実験を行い,嗅覚受容体応答パターンと人間の官能評価値と対応する特徴を探索する.嗅覚受容体では,複合臭に対する応答を直接評価できるので,応答パターンと官能評価値との対応を取り,官能値の予測手法を作成する. また本年度,受容体応答を学習器で予測できない例があった.今後は個々の学習器について,さらに検討を行う.具体的にはサポートベクターマシーンと,ブースティングを評価する.また適切な予測ができるような匂い刺激を行って教師データを得る.
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次年度の研究費の使用計画 |
研究成果発表のための旅費に400千円,英文校閲など謝金に250千円,学会誌投稿料金に100千円を計上する.残り約1,000千円を,物品購入にあてる.データ解析用PC,解析ソフトウェアおよび香水などを含む実験用の匂い物質を購入する.
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