単一ニューロン内の細胞体と樹状突起による情報処理を解明する研究は、脳切片標本などを対象とした細胞内記録法、パッチクランプ法を用いた電気生理実験、あるいは二光子励起顕微鏡を用いた実験が国内外で数多く行われている。一方、動物が課題を遂行している際のニューロン活動を記録・解析する研究も、北米を中心として国内外で数多く行われている。それら2つの研究を結びつけることが、神経回路網による情報処理様式の解明には不可欠である。しかし、単一ニューロン内の細胞体と樹状突起による情報処理を課題遂行中の動物で調べることは、技術的に不可能とされてきた。 そこで本研究は、これまで切片標本の研究や計算論的研究のみが扱ってきた単一ニューロンレベルでの情報処理を、行動中のラット海馬CA1野内の場所細胞を対象として解明することを目指した。 海馬の錐体細胞はある特定の位置に対応して発火する場所受容野を持つため、場所だけの情報を持つ場所細胞と呼ばれてきた。ところが最近の研究では、道程の違いや課題の違いに合わせて場所受容野が変化することが次々と報告されている。本年度は、異なる道程と課題を巧妙に組み合わせた課題を設定することで、この場所受容野の変化を同一の実験系で計測することに成功した。その結果、場所受容野の位置とその発火頻度の変化が、道程の違いと課題の違いに対して、それぞれ独立に対応することを明らかにした。更に、この場所細胞の集団的活動がエピソードを形成することを発見した。 研究期間全体の成果としては、単一ニューロンの樹状突起が受け取った多様な情報がその細胞体で統合され出力される一連の処理を、実際に情報処理をしている脳を用いて明らかにするための技術的基盤を確立することができた。今後は、この基盤技術を活用して樹状突起逆伝搬スパイクと学習との関連性を解明する予定である。
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