研究課題/領域番号 |
23650164
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
小田 洋一 名古屋大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (00144444)
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研究分担者 |
堀 道雄 京都大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (40112552)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 国際研究者交流 / タンガニイカ湖 |
研究概要 |
「右利き」「左利き」と呼ばれる行動の左右性の神経基盤を調べるために,タンガニイカ湖に生息する鱗食性シクリッド(Perissodus microlepis)を対象にして,捕食行動を計測し,神経基盤のキィとなる後脳のマウスナー(M)細胞を同定し,鱗食行動におけるM細胞の活動をモニターした.(1)鱗食行動の左右性:実験室内の水槽で高速度計測した典型的な鱗食行動は,連続する5つの過程 (1)被食魚への接近,(2)回り込み,(3)構え,(4)胴の屈曲,(5)捻り で構成され,襲撃方向が左右どちらかに著しく偏っていることを見出した.胴の屈曲運動は,後脳に存在するM細胞によって駆動される逃避運動に酷似する.さらに,襲撃方向が開口方向と合致する時に捕食率が高く,最大屈曲角度と最大角速度は利き側が逆側より有意に大きいというキネティスを明らかにした(PLoS ONE, 2012).(2)視覚入力に依存する鱗食行動:明視野と暗視野における鱗食行動を比較し,利き側への回り込みや構えおよびすばやい胴の屈曲には,視覚入力が重要な役割を果たすことを見出した.(3)鱗食魚のM細胞:鱗食性シクリッドのM細胞を電気生理学的および形態学的に同定した.キンギョと同様に後脳背側に左右1対存在し,長さ500μmの大きな側方樹状突起と腹側樹状突起および太い軸索を持ち,軸索の伝導速度は毎秒100メートルを超えた.(4)鱗食行動におけるM細胞の活動:神経活動に伴って発現するimmediate early genesの一つであるArcを指標にして鱗食性シクリッドのM細胞の活動を調べることができた.脊髄の逆行性刺激や音刺激による逃避運動によってM細胞におけるArcタンパクの発現が上昇した.さらに鱗食行動を行ったシクリッドにおいてもM細胞でArcの発現が見出され,M細胞の寄与が強く示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)鱗食シクリッドの捕食行動の行動解析については,完全に目的を達成した.これまでフィールドにおける観察では見いだされなかった,5つの行動成分およびそれぞれの左右性について定量的に解析でき,何よりも運動力学的な分析により行動の左右差のキィポイントを明確に把握した.(2)鱗食行動の行動成分のうち左右差が現れる胴の屈曲運動が,後脳のM細胞で駆動される逃避運動に酷似することを明かにした.(1)と(2)の研究成果はPLoS ONE (2012)に発表し,さらに新聞・テレビ・ラジオ報道でも大きく取り上げられ国内外に反響をよんだ.(3)当初の予想を超えて,視覚入力が鱗食行動の左右差を発現する上で重要な役割を果たすことが見出され,左右性の神経基盤に関して,M細胞の上流回路が絞り込まれたことは大きな発展である.(4)M細胞は鱗食シクリッド(Perissodus microlepis)と類似した進化的背景をもちながら食性が大きく異なるタンガニイカ湖産ベントス食魚(Cyphotilapia frontosa), デトリタス食魚(Aulonocranus dewindti)について形態学的・電気生理学的に同定し比較できた.(5)鱗食行動におけるM細胞の活動計測については,当初の電気生理学的手法と無線送信を組み合わせるシステムは困難を極めたが,神経活動に伴うimmediate early genesを指標にして目的を達成した.(6)鱗食魚の行動発達については,タンガニイカ湖で捕獲した稚魚の胃から捕食した鱗を採取し,左右性の解析が始まった.左右性の獲得が学習によるか否かを推定できると期待される.
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今後の研究の推進方策 |
(1)鱗食行動の左右性の発現には,視覚入力が重要な役割を果たすと考えられるので,明視野と暗視野での鱗食行動の運動力学的な解析を進める.(2)immediate early genesを指標にした神経細胞活動の解析を,M細胞およびその上流の回路(視蓋など)にさかのぼって行う.(3)稚魚の鱗食行動を,胃の内容物あるいは直接高速度撮映により解析し,鱗食行動の発達過程および左右性の獲得過程を調べる.(4)以上の研究成果を論文にまとめるとともに国際学会で発表する.
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次年度の研究費の使用計画 |
主に(1)シクリッドの飼育用品,(2)行動計測に用いる物品,(3)研究成果の発表のための投稿料や国際学会への旅費に用いる.
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