ラットやマウスでは感受性期に片眼遮蔽すると、遮蔽開始後 3 日で遮蔽眼刺激により視覚野に誘発される反応の減弱が生じ、4 日以降に非遮蔽眼刺激により視覚野に誘発される反応の増強が起こる。この増強は、T型 Ca2+チャネル依存性長期増強(T-LTP)を阻害した場合には起こらない。また、シナプスのスケーリング機構による興奮性シナプスの量子振幅の増大を担うことが知られている TNF-α を欠損した場合にも起こらない。これらの結果から、T-LTP あるいはシナプスのスケーリングが非遮蔽眼反応の増強を担うとする2つの説が提唱されている。本研究では、これらの仮説を検証する実験を行った。片眼遮蔽後3日と6日および片眼遮蔽なしのコントロールのラットから視覚野スライス標本を作製し、微小興奮性シナプス後電流(mEPSC)を視覚野の両眼視領域の 2/3 層錐体細胞からホール・セル記録し、片眼遮蔽によりスケーリングが起こるか調べた。mEPSC の振幅には3群間で全く差が認められなかったので、片眼遮蔽してもスケーリングは起きないと結論される。ラット視覚野スライス標本において薬理的に TNF-α の作用を抑えると、T-LTP の発生は妨げられた。TNF-α ノックアウトマウスから作成した視覚野スライスでは、T-LTP は生じなかったが、TNF-α を灌流液に加えると起こった。以上より、TNF-α は T-LTP の発生に必要であり、TNF-α を欠損すると片眼遮蔽しても非遮蔽眼刺激により視覚野に誘発される反応に増強が起こらないのは、スケーリングが生じないためではなく、T-LTP が起こらないためと考えられる。
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