中枢神経系におけるニューロン間の複雑なネットワークを明らかにするための手段としては、「経シナプストレーサー」を用いる方法が最もシンプルかつ簡便であると考えられる。従来から用いられているトレーサー遺伝子として、小麦麦芽レクチンや破傷風毒素Cフラグメントの遺伝子がある。これらは特定のニューロンや特定の神経領域特異的なプロモーターと組み合わせて利用できるという長所を持つが、シナプスを介した伝播効率は非常に低い。一方、狂犬病ウイルスやヘルペスウイルスを利用した組換えウイルスベクターは、高感度で神経回路網を明らかにするためのツールとして注目されている。しかしながら、毒性を弱めた変異株をベースにした組換えウイルスが用いられているとはいえ、安全性には十分な注意を払う必要があり、誰でも気軽に使えるツールとは言い難い。そこで本研究では、マウス遺伝学との組み合わせが可能であるという既存の経シナプストレーサー遺伝子の長所と、効率よくシナプスを介して伝播するという狂犬病ウイルスやヘルペスウイルス等の神経ウイルスの長所を組み合わせ、新規の神経回路トレーサー遺伝子の創製を試みた。 具体的には、シナプスを介してニューロン間を伝搬する性質を示す様々なウイルスの構造蛋白質と、GFPレポーターとの融合蛋白質遺伝子を作製した。これらを網膜のニューロン特異的プロモーターにつないだ発現ベクターを構築し、マウス網膜内に導入した後、GFP融合蛋白質の挙動を詳細に調べた。一部のGFPレポーター融合蛋白質は元のウイルスと似た挙動を示したが、検出感度の点で課題を残した。実用化するためには、更なる改良が必要と考えられる。
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