加齢性記憶障害は脳老化の重要な指標であるが、その分子機構は未だ殆ど分かっていない。我々はグリアにあるピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)の活性が、加齢に伴い上昇することが加齢性記憶障害の原因であることをショウジョウバエで見出した。グリアからは乳酸が、神経活動に応じて神経細胞に供給される。我々はGNLSを担う乳酸合成酵素LDHの変異体で連合学習が顕著に障害されること、また乳酸の輸送に関わるモノカルボン酸トランスポーター(MCT1)の変異体でも同様に顕著な学習障害を見出した。そこで我々は加齢性記憶障害はPC の活性上昇によりグリア-神経乳酸シャトル(GNLS)が低下したことによるとの仮説を立て、本研究で検証を行なった。連合学習により予想通り乳酸レベルが上昇することを確認し、予備結果のとおり、加齢体に乳酸を摂取させると顕著な加齢性記憶障害の改善がみられることを確認した。そこで加齢体で乳酸レベルが低下しているか調べたところ、予想外にも加齢体では乳酸レベルが学習後に上昇した乳酸レベル程度にまで上昇していた。 では何故PCの活性上昇により加齢性記憶障害が起こるのか? dPCの活性上昇により産生が上昇するオキサロ酢酸とオキサロ酢酸から産生されるアスパラギン酸には、グリア由来のNMDA受容体アゴニストであるD-セリンを産生するセリンラセマーゼ(SR)に対する阻害効果があることに着目し、老齢体でD-セリンレベルを調べたところ、顕著な低下がみられた。PCの過剰発現体でもD-セリンレベルの低下がみられ、さらに老齢体、PC過剰発現体いずれの記憶障害もD-セリン摂取により改善された。以上の結果から加齢によりPC活性が上昇したことでSR活性が阻害され、D-セリン合成が低下したことが記憶障害の原因であることが示唆された。
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