研究課題
本研究は、小脳プルキンエ細胞におけるプロテインキナーゼC(PKC)gammaの基質をプロテオミクス手法によって探索し、小脳機能におけるPKCシグナルの重要性を明らかにすることを目標にする。本年度は、研究実施計画に従って実験を行い、下記の成果を得た。(1)PKCgammaノックアウトマウスの作製PKCgammaノックアウトマウスの凍結胚を偽妊娠マウスの卵管に移植することによって、マウス個体に復元した。次に、得られたPKCgammaホモ欠損マウスの小脳懸濁液のウエスタンブロット解析を行い、PKCgammaの発現が消失していることを確認した。またヘテロ欠損マウス同士を交配することによって、引き続きPKCgammaホモ欠損マウスを作製すると同時に、系統の維持を行った。(2)PKCgammaノックアウトマウス小脳のリン酸化プロテオーム解析7週齢の野生型およびPKCgammaホモ欠損マウスそれぞれ2個体(計4個体)の小脳を単離し、ホスファターゼ阻害剤を含むバッファーでホモジェナイズし、タンパク質抽出液を作製した。タンパク質抽出液はトリプシンによって消化し、リン酸化ペプチドの濃縮を行った。得られたリン酸化ペプチドを個体ごとに異なる4種類の安定同位体(iTRAQ)によって標識し、nano-LCタンデム質量分析計によって野生型とPKCgammaホモ欠損マウスとの間でリン酸化ペプチドの相対定量を行った。その結果、野生型と比較してPKCgammaホモ欠損マウスにおいてリン酸化量が半分以下に低下したタンパク質を115種類同定し、2倍以上上昇したタンパク質を52種類同定することができた。これらのタンパク質は小脳においてPKCgammaによって直接的・間接的にリン酸化による制御を受けている因子であると考えられ、小脳におけるPKCgammaの役割を明らかにする上で重要であると示唆される。
2: おおむね順調に進展している
本年度行ったリン酸化プロテオームの解析は、世界的にみても難易度の高い質量分析技術である。その上、本研究ではマウスの脳組織を材料として用いており、通常用いられる培養細胞のプロテオームと比較して、格段にマススペクトルの複雑性が高くなる。このような研究は現在までほとんど例がなかったが、申請者は遺伝子操作マウスとプロテオミクスを融合させ、野生型とPKCgammaノックアウトマウスのリン酸化プロテオームを質量分析によって相対定量することによって、技術的な困難を解消することを試みた。その結果、3万5千種類を超えるリン酸化ペプチドを同定することができ、これらの中から野生型とPKCgammaノックアウトマウスとの間でリン酸化量の異なるタンパク質を多数見出すことができた。以上のことから、当初の研究実施計画通りに研究を進め、実績をだすことができたと判断できる。
リン酸化プロテオーム解析によって同定することができたPKCgammaの基質候補タンパク質について網羅的に以下の解析を行う。(1)PKCgammaの基質候補タンパク質の生化学的解析野生型およびPKCgammaノックアウトマウス小脳において、基質候補タンパク質の発現量をウエスタンブロット・定量的RT-PCRによって調べる。この実験によって、ペプチドのリン酸化量の変化がタンパク質の発現量によるものであるかどうかを明らかにする。また、小脳切片の免疫染色によって基質候補タンパク質の小脳プルキンエ細胞内での局在を明らかにする。次に、PKCgammaおよび基質候補タンパク質を培養細胞内で強制発現し、抗PKCgamma抗体を用いた共免疫沈降実験を行う。これによってPKCgammaと基質候補タンパク質との相互作用を解析する。(2)PKCgammaの基質候補タンパク質の生理機能解析プルキンエ細胞における基質候補タンパク質の機能を明らかにするために、培養神経細胞もしくは培養小脳スライスにプルキンエ細胞特異的にGFPおよびshRNAを発現するノックダウンベクターを導入する。培養細胞での形態変化もしくはGFP標識されたプルキンエ細胞の形態、登上線維のシナプス除去などを解析することによって、小脳機能におけるPKCgammaおよび基質候補タンパク質の役割を明らかにする。また、小脳スライス実験において興味深い表現型が観察された基質候補タンパク質については、ノックアウトマウスや、リン酸化部位をアラニンまたはフェニルアラニンに置換した変異体を発現するトランスジェニックマウスの作製を行い、運動協調や運動学習といった個体レベルでの機能解析を行う。これらの解析を通して、プルキンエ細胞におけるPKCgammaの基質を同定するとともに、小脳機能におけるPKCgammaシグナル伝達経路の重要性を明らかにする。
(1)次年度使用する研究費が生じた状況本研究はPKCgammaの基質候補タンパク質の同定とその機能解析を、それぞれ1年ずつ行う研究計画である。本年度は基質候補タンパク質の同定を行ったが、期待以上に多くのタンパク質を同定できたため、プロテオミクス解析に使用する予定であった研究費の一部を次年度の分子機能解析に使用し、より多くの基質候補分子について機能解析を行うこととした。計画の一部変更によって次年度使用する研究費が生じたが、これによってプルキンエ細胞におけるPKCgammaシグナルについてより多くの知見を得ることができると考えられる。(2)研究費の使用計画今後の研究の推進方策に掲げた実験を行うための研究費の使途は以下のとおりである。(1)ノックアウトマウスおよび野生型マウスの飼育経費。(2)細胞およびスライス培養に用いるプラスティック器具。(3)ノックダウンベクター作製のためのオリゴDNAおよび酵素・試薬類。(4)タンパク質発現・局在解析のための抗体。(5)研究成果発表のための国内旅費。
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