研究概要 |
生細胞のラマンスペクトル計測に基づいて、細胞状態を定義し、状態遷移則を明らかにする方法を開発し、細胞分化・増殖のダイナミクスを明らかにすることが目的である。 ヒト乳ガン由来の培養細胞MCF-7は、培地へのheregulin (HRG)添加によって、脂肪滴の蓄積、アルブミン分泌など、乳腺細胞様の性質を持つ細胞へ分化する。また、epidermal growth factor (EGF)添加によって細胞増殖が促進される。HRG, EGFによる細胞分化、増殖応答の初期過程において、細胞内物質がどのようなダイナミクスを示すのか、単一細胞ラマンスペクトルの継時変化によって解析した。 単一細胞の細胞質・核内の15点において計測したラマンスペクトルの平均で議論を行う。同一細胞の平均スペクトルを15分おきに2時間計測した。無刺激時の細胞においてもスペクトルは時間と共に数10%変動し、細胞毎にも違いがある。細胞間のスペクトル変動と単一細胞の15分間の変動は同程度であり、細胞内物質組成が短時間で大きく変動していることが示された。飽和量のHRGまたはEGF添加から2時間の間では、HRGで特に変動幅が増加した。この変動幅の増加は、単一細胞の時間変化、細胞集団の分布幅両者に共通している。全細胞・全時間平均スペクトルは刺激前から変化するが、変化幅は単一細胞あるいは細胞集団の変動幅に比べると小さい。さらに24時間後から2時間の間、同様の計測を行うと、HRG(細胞分化)では大きな変動幅を保ったまま、平均値が2時間後と同じ方向に更にドリフトするが、EGF(細胞増殖)では、刺激前あるいは2時間までと同様の変動幅を保ち、平均スペクトルのドリフト幅は小さく、方向性も認められない。以上のように細胞分化と増殖の過程において、細胞内物質組成変動に明確な違いがあることが認められた。
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