薄暗い視覚環境下での姿勢調節機構を明らかにすることを目的に、次の研究を実施した。 健常人を対象に500~0 lxまでの照度の異なる視覚環境下で、静的姿勢保持ならびに段差の昇降を行った。その結果、5 lx以下の暗所ならびに遮眼では姿勢調節の緻密さを示す単位面積軌跡長は有意に低下していた。また、0 lxの開眼では暗所遮眼に比べて調節機構が有意に低下していた。さらに、徐々に照度を下げていった際には、1 lxでの姿勢が最も不安定で0 lxではむしろ安定した。段差昇降では、1 lxでの降段動作で姿勢の安定性が最も低下していた。 平地歩行において、視覚環境が歩行に及ぼす影響を検討した。その結果、薄暗い視覚環境(1-30 lx)では、明所(通常の照度下)に比べて歩行速度が有意に低下していた。また、障害物がある場合には、明所および薄暗い視覚環境下では直前の1歩を増加することで障害物を跨いだが、暗所では数歩前から歩幅を減少させて調節していた。これらの結果から、薄暗い視覚環境下では、視認性が低下しているにもかかわらず、明所下と同様の歩行戦略を選択しているために躓きや転倒のリスクが高まる可能性が示唆された。 また、ステッピングモーターを用いて頭部回旋による前庭刺激を与えたところ、若年者では自動運動では適応が十分になされ、他動的な刺激は外乱刺激となって姿勢の安定性を低下させていた。他方、高齢者では、自動運動が大きな内乱刺激となって姿勢の安定性を低下させることが明らかとなった。 以上のことから、薄暗い視覚環境下では視覚からの認知が低下するにもかかわらず、それに対応した制御がなされていないために、むしろ暗所や遮眼条件よりも不安定な姿勢となり得ることが定量的に明らかとなった。ここで得られた個体・環境要因を臨床評価指標に組み入れることで、転倒のリスクの把握や予防に益する可能性が示唆された。
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