研究課題/領域番号 |
23650574
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構九州国立博物館 |
研究代表者 |
今津 節生 独立行政法人国立文化財機構九州国立博物館, 博物館科学課, 環境保全室長 (50250379)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 文化財の健康診断 / 検査・予防 / 三次元データ / X線CTスキャナ / 保護具 |
研究概要 |
文化財の"保存と活用"が求められる状況にあって、展示や輸送に伴うリスクは増大し続けている。X線CTをはじめとする高度検査装置の活用は医療分野において検査・予防システムに大変革をもたらしたように、文化財の予防保存に飛躍的な変革をもたらす可能性がある。本研究は、X線CTをはじめとする高度検査装置を文化財に適用することによって文化財の検査・予防・保護システムを新たに構築することを目的としている。 本研究では、先ず短時間に正確で客観的な判断を下すための健康診断システムの開発を目指す。X線CTや精密三次元計測による精密な三次元デジタルデータ解析しながら、文化財の検査・予防・保護システムを新たに構築することを目指している。さらに、虫害・錆の進行・変形などの破損メカニズムを推定してリスクの軽減をはかり、破損の危険性のある脆弱な文化財の形状を計測して、デジタル三次元造形システムを使って保護具の製作を目指した。 本年度は、X線CTによって文化財の内部構造を観察し、製作技法を検討すると共に、亀裂・空隙・厚さの変異を解析する健康診断システムを検討した。仏像・彫刻等の文化財を対象としながら三次元情報に基づいて立体表現して内部構造を観察する方法を用い、美術史・文化財科学・保存修復・博物館学の研究者による検検討会を開催した。この検討会では、文化財の製作技術を検討すると共に、劣化状態や過去の修復履歴を検討した。さらに、3Dプリンタを用いて劣化箇所や修復箇所の三次元模型を製作して詳細な検討を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では透過X線撮影およびCTを用いた文化財の内部構造観察に加えて、CTデータから製作技法を検討すると共に、亀裂・空隙・虫害・錆などの劣化痕跡や過去の修復履歴を検証することによって文化財の健康状態を把握し、その結果を予防保存や保存修復計画に役立てることを目的にした診断システムの構築を目指している。 2011年度は長崎市聖福寺の御本尊釈迦如来坐像および迦葉尊者立像・阿難尊者立像を調査し、諸像のデータ解析を進めた。その結果、象内に心臓や肺に見立てた金属製の五臓をはじめとする内臓模型を納めた「生身仏」の作例であることが判明した。このような具体的な調査例を基に、文化財の非破壊調査を健康診断システムにまで発展させるための具体的な方法の開発を目指している。実際には、透過X線による全体把握を基礎にしながら、X線CTを用いた観察(内部構造、製作技法、劣化状況、修復履歴など)を実施した。さらに、この3Dデータを三次元プリンタで打ち出して作成したデジタル複製品を基にした詳細な検証を実施した。今後、これらの観察や検証の結果を総合して、予防的な保存対策や保存修復計画の立案を計画している。また、彫刻以外の文化財の調査例として、劣化・収縮の激しい木製文化財についても検討を開始した。以上、2011年度の調査研究は、おおむね順調に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、文化財の効率的な予防保存を目的として、短時間に正確で客観的な判断を下すための健康診断システムを開発する。X線CTや精密三次元計測による精密な三次元デジタルデータ解析しながら、文化財の検査・予防・保護システムを新たに構築する。文化財の内部構造を手に取るように検査し、文化財の健康診断を行うと共に、虫害・錆の進行・変形などの破損メカニズムを推定してリスクの軽減をはかる。また、破損の危険性のある脆弱な文化財の形状を計測して、デジタル三次元造形システムで保護具を製作する昨年度は彫刻の調査を中心に調査を進めたが、平成24年度は彫刻以外の文化財への適用についても検討したい。本研究の進展によって、様々な劣化状態を内包する文化財に対して、X線CTを用いた健康診断システムの有効性を検証したい。具体的には、以下の3項目を達成したい。(1)文化財の健康診断システムの検討 X線CTによって文化財の内部構造を観察し、製作技法を検討すると共に、亀裂・空隙・厚さの変異を解析するプログラムを活用して、文化財の健康診断システムを検討する。(2)四次元解析による破壊メカニズムの推定と危険予測 進行中の虫害・錆・変形などの破壊メカニズムを検討するために、X線CTで複数回の計測を繰り返し、変化の差分を解析することによって破壊の進行とメカニズムを推定する。(3)デジタル三次元造形システムによる保護具の製作と効果の推定 X線CTあるいは三次元計測装置を使って文化財の表面形状を計測し、その三次元データを反転造形することによって、文化財の複雑な形状に合わせた保護具を短時間で簡易に製作する方法を開発しながら保護効果を推定する。なお、前年度末に計画していた健康診断システムの構築にかかる検討が研究協力者の都合により実施できなかったので、あらためて平成24年度初めに実施する。
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次年度の研究費の使用計画 |
2012年度の使用計画は以下のとおりである。(1)文化財の健康診断システムの検討 X線CTの断面情報をレンダリング処理した三次元情報に基づいて立体表現して内部構造を観察する。さらに、文化財の製作技術を検討すると共に、劣化状態や過去の修復履歴を検討する。これらの情報を集めて、様々な専門分野の研究者による検討会を実施することによって、これまでにない画期的な文化財の健康診断システムを構築する。(2)四次元解析による破壊メカニズムの推定と危険予測 劣化の進行している実験試料をX線CTで計測を繰り返して三次元情報を取得する。この計測を、時間差をおいて数回繰り返す。三次元情報に時間変化を加えた四次元の情報を相互に比較し、その差分を解析することによって劣化の進行を客観的に捉える。この差分解析によって、虫害・錆・変形などの破壊が時間経過と共に進行していく様子を記録することができる。(3)デジタル三次元造形システムによる保護具の製作と効果の推定 X線CTあるいは三次元計測装置を使って文化財の表面形状を計測し、この三次元データを反転する。反転したデジタルデータをリバースエンジニアリング技術の応用で造形することによって、文化財の複雑な形状に合わせた保護具を短時間で製作する。これまでの安定台は保存修復の最終段階(樹脂強化後)で専門業者によって製作されてきた。そのため、製作できるのは保存処理を終えた一部の文化財に限られ、製作費用も高価であった。しかし、X線CTによる健康診断の際に取得したデジタルデータを反転して造形化することによって、非接触で簡単に短時間で安定台などの保護具を製作することができれば、多くの脆弱な文化財を破壊の危険から守ることができる。今年度は具体的に数例の安定台を制作する。 なお、前年度末に実施できなかた健康診断システムの構築にかかる検討会を含めて、平成24年度に実施する。
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