本研究では、悪性腫瘍の治療に用いられる放射線や抗がん剤治療によるゲノムストレスが、損傷ゲノムを含むクロマチンに何からの刻印として記憶・継承される可能性を検証するために、1)ゲノム損傷誘導後のゲノム修復蛋白質のクロマチンへの結合、2)ゲノム損傷誘導後クロマチンでのヒストン構成の変化、について全ゲノムを対象にクロマチン免疫沈降シークエンス法を用いて解析した。ヒト繊維芽細胞株に抗がん剤処理によるゲノム損傷誘導後、経時的にゲノム修復関連タンパク質RAD51のクロマチンへの結合について、抗RAD51抗体を用いたクロマチン免疫沈降シークエンス法による検証に取り組んだ。まず、トポイソメラーゼII阻害作用を持つ抗がん剤エトポシド処理後30分後のRAD51抗体を用いた免疫沈降シーケンス解析では、二次性白血病の疾患特異的染色体異常として知られている11q23転座の染色体転座切断点集中領域へのRAD51の結合が確認された。この結合は、ゲノム損傷応答因子ATMの欠損細胞でより強く認められていた。さらに、11q23転座の染色体転座切断点集中領域以外にも、一部の染色体のテロメア近傍などへのRAD51の結合が認められた。データの再現性を確認するとともに、エトポシド処理2週間後の細胞を用いたRAD51のクロマチンへの結合を解析したところ、RAD51は複数の染色体でテロメア近傍に結合している傾向が見られ、これらの部位には繰り返し配列が存在していた。これらの知見から、ゲノム損傷により、RAD51は染色体転座切断点集中領域以外でテロメア近傍の繰り返し配列に結合することが確認され、このことがゲノム損傷の記憶に繋がる可能性が示唆された。
|