研究課題/領域番号 |
23651037
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
西村 謙一 大阪大学, 国際教育交流センター, 准教授 (40237722)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 環境マネジメント / ガバナンス / フィリピン / PEMSEA / 地方自治 / NGO / 技術移転 |
研究概要 |
「東アジア海域環境管理パートナーシップ(PEMSEA)」のもとで実施されているフィリピンの自治体における沿岸環境管理のための技術移転をより効果的にする要素を確認することを目的に、PEMSEA本部、バターン州とカビテ州の州政府と町自治体において資料収集と聞き取り調査を実施した結果、以下の点が明らかになった。 第一に、PEMSEAは、沿岸環境管理のための標準的技術のスペックを設定しているわけではなく、各自治体の実情―自治体政府の能力や地域住民の有する技能、民間企業の立地状況等―にあわせて、技術の発掘・開発・普及への支援を行っている。 第二に、州単位での参加が基本となっているPEMSEA事業においては、事業コーディネーターとしての州政府の役割が重要であり、この点において、州知事の政治的意思とリーダーシップの強さ、そして、それを可能にする政治的環境が大きな意味を持つ。しかし一方で、選挙で首長の交代が余儀なくされた場合でも事業を継続的に運営するためには、州政府の環境保全担当部局(つまり官僚組織)の技術的・行政的な能力が重要である。仮に沿岸環境管理に対する首長の政策的優先順位が低下した場合でも、官僚組織が強い場合は、事業の比較的スムーズな継続が可能になる。 第三に、住民に対する技術移転を効果的にするには、自治体の中でも一定の技術を有する州政府が主導して住民組織に技術指導を行うことが重要であるが、より専門的な技術を持つNGOとの緊密な関係が構築できないと、住民組織に移転された技術は定着しにくい。そして、NGOとの関係構築をスムーズにするためには、NGO、自治体、住民組織の間の公的・私的な人的ネットワークの存在が重要である。 第四に、民間企業は地域に対する財政的・人的支援だけでなく、技術移転において重要な役割を果たすが、その積極的参加のためには専門的人材の存在が重要である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
PEMSEA本部および事業を実施している自治体において、資料を収集するとともに聞き取り調査を実施することができた。 PEMSEA本部については、そのウエッブサイトにアップロードされている各地域の事例分析や各種会合の記録集を収集し分析するとともに、技術担当スタッフに対する聞き取り調査を実施できた。ここから、PEMSEAが標準的技術を構築するのではなく、各地域の実情に合わせた個別の技術や技能の発掘・開発への支援に重点を置いていることを把握することができた。また、自治体間の技術交流の場として、国際会合や各地で実施されるワークショップの開催を支援していること、これらの支援を通じて、自治体自身のガバナンス強化を試みていることも明らかになった。 自治体については、州自治体がコーディネーターとしての能力を発揮することの重要性が把握された。特に、首長の政治的リーダーシップは重要であるが、他方で、官僚組織の技術的・行政的能力の重要性も調査によって明らかになった。さらに、その際には、官僚機構の中に環境管理を専任とする部署が確保されていることがカギとなるであろうことも、調査を行った事例からは観察された。ただし、この点については異なった評価を聞き取り調査から得ており、さらなる精査が必要である。 住民組織については、組織の指導者の意思や資質が当該組織における技術の発掘とその定着には一定の重要性をもつであろうことが、聞き取り調査から明らかにできた。指導者に求められる資質としては、技術的・技能的知識だけでなく、問題の所在をしっかり把握する能力や外部のさまざまな機関とのネットワークを構築する能力が含まれそうである。 民間企業は、その中に環境問題に深い関心を持つ人材が確保されている時、主体的・積極的に地域の環境保全事業に参加することが、聞き取り調査から明らかにできた。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、事例研究の対象として調査を進めてきたバターン州とカビテ州の沿岸環境管理事業において、個々具体的にどのような技術や技能が開発・利用されているのかを、資料収集や聞き取り調査によって明らかにする必要がある。そのために、さらに多くの住民組織と民間企業を対象とすることができるように、聞き取り調査への協力依頼を行っていきたい。それとともに、質問紙調査の実施についても検討を進めて、実施していきたい。 また、同じくフィリピンからPEMSEAに参加しているバタンガス州については、首長の交代によって事業の推進力が損なわれたとの見方をしてきたところ、州政府の環境天然資源局が首長の後退にもかかわらず事業を着実に実施しているとの評価を聞き取り調査から得た。そのため、同州について、環境天然資源局の関係者との面会の可能性を探り、事業の現状を明らかにするとともに、同州内の他の当事者(町自治体、住民組織、民間企業)の参加状況とその中での技術開発と普及状況を聞き取り調査や資料収集によって明らかにすることを試みたい。 さらに、可能であれば、7月に韓国で開催されるEast Asian Seas Congress およびPEMSEA Network of Local Governments for Sustainable Coastal Development(PNLG)に参加し、技術交流の実情を確認したい。ただし、本申請者はこの時期には大学での授業を担当しているため、参加が難しい場合には、PEMSEAのウエッブサイトでの記録集の収集と、参加者への聞き取り調査によることになる。
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次年度の研究費の使用計画 |
海外調査が主な調査方法となるため、フィリピンへの調査旅費として2回分(合計3週間程度)を計上する。その際には、公共交通機関が未発達の地域での調査になることが予想され、効率的に調査地を回るためのレンタカーの借り上げ費用についても計上する。なお、7月に開催されるEast Asian Seas Congress およびPEMSEA Network of Local Governments for Sustainable Coastal Development(PNLG)への参加が可能になった場合には、開催地である韓国への調査旅費(4日間)を支出する。 また、現地調査のためのアポイントメントの確認や調査への同行・資料の複写・資料の整理などの現地調査助手への謝金も同様に合計3週間程度の日程について計上する。さらに、現地(とくに住民組織)からえる資料の中には現地語で書かれたものもあることが予想されるため、現地語の翻訳謝金を計上する。 さらに、技術移転の特質や問題点に関しては、この分野の先行研究の成果を参考に分析枠組みを構築する必要があるため、この分野に関する研究書などの書籍・資料代を計上する。
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